日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-GL 地質学

[S-GL39] 地球年代学・同位体地球科学

2015年5月24日(日) 11:00 〜 12:45 A03 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*田上 高広(京都大学大学院理学研究科)、佐野 有司(東京大学大気海洋研究所海洋地球システム研究系)、座長:佐野 有司(東京大学大気海洋研究所海洋地球システム研究系)、田上 高広(京都大学大学院理学研究科)

11:00 〜 11:15

[SGL39-08] 酸素同位体比年輪年代法の地球科学的応用の可能性と課題

*中塚 武1 (1.総合地球環境学研究所)

キーワード:樹木年輪, セルロース, 酸素同位体比, 年輪年代法

●はじめに
 考古学で主に使われてきた年輪年代法は、「特定の地域で成長した特定の樹種の木材の年輪幅が、気温や降水量などの経年変動を反映して、個体間で同調して変化すること」を原理とした高精度の年代決定法であり、地球科学の分野でも、地滑りや火砕流で埋没した樹木の枯死年からの地震や噴火の発生年の決定や、気候変動の復元に広く用いられている。
しかし従来の年輪年代法では、第一に、任意の時代の木材の年代決定のためには、年輪幅の標準変動曲線(マスタークロノロジー)を地域毎にできるだけ長く作成する必要があり、第二に、年輪幅の気候応答特性は樹種毎に違うため、マスタークロノロジーは樹種毎に作成する必要があること。第三に、樹木の枯死年の決定には、樹皮付きの試料が必要になること、などの課題があった。本講演では、年輪セルロースの酸素同位体比を用いることで、これらの課題がどのように克服され、その地球科学への応用に際して、どのような展望が開けるのかについて議論したい。

●従来の年輪年代法を地球科学に応用する上での課題
これらの課題に対して、年輪幅に基づく年輪年代法の現状は、以下の通りである。第一に、世界では一万年を越える標準変動曲線が作成された地域もあるが、そうした地域は氷期に氷床に覆われる寒冷域のため、最終氷期を越えて延伸できる展望は無い。一方温暖な日本では最終氷期以前の木材も発見されるが、高い樹木個体密度に伴う生態学的攪乱のため、個体間での年輪幅のパターンマッチング(クロスデーティング)が難しく、クロノロジーはヒノキやスギの約3千年分に留まっている。その結果、第二に、日本では膨大な種類の樹木が存在するが、ほとんどの樹種は年輪年代法の対象外であり、第三に、樹皮が残りやすい試料の多くは小径木で年輪数が少なく、年輪幅だけでは統計的な信頼に足る年代決定はできないことが多い。

●酸素同位体比の年輪年代法における特徴
年輪幅の代わりにセルロースの酸素同位体比を用いる新しい年輪年代法には、以下のようなデメリットとメリットがある。デメリットは、「測定に年輪幅の千倍もの手間が掛かること」と「地中に長く埋没していた木材の一部は、セルロースが選択的に分解・消失していて酸素同位体比の測定ができないこと」である。特に後者は従来の年輪年代法はもちろん、放射性炭素年代法にも無いデメリットであり、応用面での一つの制約になっている。
一方のメリットは、年輪セルロースの酸素同位体比が、成長期の降水同位体比と相対湿度という2つの気象因子のみを反映するため、「同じ季節に成長する樹木であれば、その変動パターンは樹種の違いを越えて高い相同性を示すこと」にある。更にその変動パターンは、日本のような温暖湿潤域では、「夏の降水量の指標」になるため、年単位の古気候復元に使える。また年層を細かくスライスして、酸素同位体比の年層内変化を測定することで、「各年層の中から高解像度の季節変動の記録を得ることも可能」である。

●酸素同位体比年輪年代法を地球科学に応用するメリット
こうした酸素同位体比のメリットを生かすことにより、年輪年代法を地球科学に応用する際の上記の3つの課題は、次のように克服されつつある。第一に、年輪セルロース酸素同位体比の高い個体間相関性のため、従来年輪幅ではクロスデ―ティングができなかった数千年前の埋没木材群でも次々と年代決定が成功しており(2015年2月現在、本州で4300年前まで到達)、埋没木の系統的な発掘が進めば、近い将来、日本でも最終氷期に達するような超長期の年輪酸素同位体比のマスタークロノロジーの構築が可能になるかも知れない。第二に、その成果は樹種の違いを越えてあらゆる発掘木材の年代決定に利用できるため、地震や火山噴火などの地球科学的イベントの年単位での年代が、関連地層中の枯死木の年輪測定により決定できるものと思われる。第三に、セルロース酸素同位体比の年層内変動データの整備が進めば、14C測定と組み合わせることで、年輪数が5-10年程度の小径木についても、年代決定ができる展望が出てくる。
酸素同位体比年輪年代法による多様な木材の年単位での年代決定は、考古学における人間の歴史の研究に効力を発揮するだけでなく、テフラ年代の一年単位での確定、地震や津波の短期間での集中発生の可能性の検討、氷河期における気候のテレコネクションパターンの解析など、将来、全く新しい研究分野が開ける可能性があり、系統的な努力の傾注が求められている。