日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-BG 地球生命科学・地圏生物圏相互作用

[B-BG21] 熱帯ー亜熱帯沿岸生態系における物質循環

2015年5月27日(水) 09:00 〜 10:45 304 (3F)

コンビーナ:*渡邉 敦(東京工業大学 大学院情報理工学研究科 情報環境学専攻)、本郷 宙軌(琉球大学理学部物質地球科学科)、宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 生元素動態分野)、座長:本郷 宙軌(琉球大学理学部物質地球科学科)、宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 生元素動態分野)

10:20 〜 10:40

[BBG21-06] 気候変動と人間活動による熱帯沿岸生態系の劣化:景観の連環性を介した影響

*仲岡 雅裕1 (1.北海道大学北方生物圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所)

キーワード:沿岸生態系, 景観, 生態系間の相互作用, 生物多様性, 気候変動, 人間活動

熱帯の沿岸生態系では,マングローブ,海草藻場,サンゴ礁などの異なる景観がモザイク状に分布している.このような景観の多様性と連続性は,沿岸の生態系機能や生態系サービスに重要な影響を与えていることが近年の研究で明らかになってきた.特に,マングローブや海草藻場がもたらす生態系サービスは,金銭価値に換算すると,サンゴ礁の数倍になるとの試算もある.しかし,サンゴ礁を対象とした研究に対して,他の景観の研究例は圧倒的に少ないのが現状である.熱帯沿岸生態系の統合的理解に向けて,サンゴ礁とサンゴ礁以外の景観の連環(reef connectivity)に関する研究が一層求められている.本講演では、著者らがこれまでに、沖縄、タイ、フィリピンなどで進めた研究成果を元に、沿岸景観の連環が生物多様性や生態系機能に与える影響について解説すると共に、現在進行中の気候変動および局所的な人間活動による負荷により、沿岸生態系が景観の連環を介してどのように変化するかを推察し、それに対する保全策(適応策)を考えてみたい。
マングローブ,海草藻場,サンゴ礁間の連環に関して最も研究が展開されているのは、栄養塩や懸濁粒子などの微細物質の輸送を介した相互作用についてであろう。例えば安定同位体を用いた研究では、海草藻場やサンゴ礁に生息する生物の主要な炭素源が、マングローブ域やさらにその上流の陸域から供給されている例が報告されている。また、背後の集水域の大きさが異なる複数の海草藻場を広域的に比較した研究からは、陸域からの懸濁物等の流入が、海草藻場の種多様性や生物量、およびその安定性などのさまざまな生態系機能に大きく影響していることが明らかになってきた。
沿岸景観の連環に関しては、動物、とくに移動能力の高い大型の魚類や鳥類、哺乳類等が果たす役割も重要である。魚類の目視観測調査や、近年技術的開発が進んでいる音響テレメトリーを用いた研究から、サンゴ礁域の主要水産有用魚種が、成長に応じて、マングローブから海草藻場、サンゴ礁へと生息域を変えること、また、大型の個体が、昼夜でこれらの景観の間を頻繁に移動することなどが確かめられた。このような大型動物の動態は、場合によっては海草やサンゴなどの基盤種の種構成や生物量の変動も引き起こすため、物質循環にも大きな影響を与えていると思われるが、その定量的評価は今後の課題である。
このような沿岸景観の連環がもたらす生態系機能は、気候変動および局所的な人為活動によりさまざまな負の影響を受けていると考えられる。個別のプロセスの影響については各地で研究が進むところであるが、特に深刻なのは、気候変動と局所的な人為活動の相乗的な負の効果である。例えば、海水面上昇と沿岸浅海域の開発は、マングローブや潮間帯の藻場を著しく減衰させると予想される。また、土地利用の変化(例えば、マングローブの養殖池への変換)は、沿岸生態系の防災機能を失わせて、近年巨大化が著しい台風による沿岸生態系の攪乱、さらには沿岸地域社会への被害を増大させることが懸念される。
人為的影響の深刻化に対しては、健全な連環性をもった沿岸生態系の保全を進めることが何よりも必要である。例えば、海洋保護区を設定するときには、マングローブ、海草藻場、サンゴ礁が連続的に保護されるようなデザインを考慮することが有効である。また、既に消失した自然景観については、マングローブや海草藻場、サンゴ礁などの人工的な再生事業も有効な適応策となりうる。しかし現状では、正しい生物学的知識に基づかない再生事業も多くみられ(例えば、前浜の海草藻場にマングローブを植えるような再生事業)、それらについては、費用対効果の面で無駄なだけでなく、健全で機能の高い沿岸生態系を回復させるうえでも負の影響を与えかねない。これらの解決に向けては、再生協議会などを通じた、各種ステークホルダーと専門家(科学者)との有効な連携が求められる。