日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-CG 宇宙惑星科学複合領域・一般

[P-CG30] 太陽系小天体研究の新展開

2015年5月27日(水) 09:00 〜 10:45 A02 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*荒川 政彦(神戸大学大学院理学研究科)、中本 泰史(東京工業大学)、渡邊 誠一郎(名古屋大学大学院環境学研究科地球環境科学専攻)、安部 正真(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所)、石黒 正晃(ソウル大学物理天文学科)、座長:中本 泰史(東京工業大学)

09:45 〜 10:00

[PCG30-19] 粗粒媒質でのクレーター形成実験:イトカワ表面年代への応用

*巽 瑛理1杉田 精司2 (1.東京大学複雑理工学専攻、2.東京大学地球惑星科学専攻)

キーワード:小惑星, イトカワ, 衝突実験, ラブルパイル, クレーター, 年代推定

背景と目的:はやぶさ探査によって得られた近接画像から,小惑星イトカワが衝突の痕跡である可能性が高い円形の窪地を有することが分かっている(Hirata et al., 2009).クレーター数密度からは,表面年代の推定が可能である.小惑星表面の年代分布は小惑星力学的進化を理解するための非常に重要な制約条件となる.クレーター表面年代はクレーターサイズのスケーリングに大きく影響を受けるため,正確な年代を得るには正確なクレータースケーリング則が必要である.しかし,イトカワのようにボールダーに覆われた表面で点源近似が成り立つのか,また,重力則か材料強度則どちらを用いるのが適当であるのかといった多くの不確定要因を孕んでいる.Michel et al. (2009)では強度スケーリング則を用いた年代推定により,75Myr-1Gyrという幅広い推定値を得ている.その一方で,はやぶさ探査で持ち帰られたサンプルから求められた放射年代も,宇宙線照射年代<10Myr(Nagao et al., 2011; Meier et al. 2014)からAr脱ガス年代の1.26±0.24Gyr(Park et al., 2014)まで様々な値の年代が得られている,小惑星イトカワのクレーター年代を正確に推定することは,これらの放射年代を力学的な現象と結びつけ整合的に解釈するためにも重要である.そこで,本研究ではボールダーで覆われた天体表面でのクレーターサイズが衝突条件に対してどのように変化するか実験的に検討し,更にラブルパイル天体と考えられているイトカワのクレーター年代推定を行った.
衝突実験:東京大学の縦型1段式軽ガス銃を用いて低速度衝突実験(70 - 200 m/s)を,ISASの縦型2段式軽ガス銃を用いて高速度衝突実験(1.5-5.3 km/s)を行った.インパクターはそれぞれ直径10mmと4.6mmのポリカ製弾丸である.標的として,10mm程度のパミスを模擬ボールダーとし,ガラスビーズ(〜200 μm)を模擬レゴリスとして用い,ボールダーのみの標的と基層がレゴリスでその上にボールダーがある標的条件について実験を行った.実験で形成されたクレーターのリム直径を計測した.
実験結果:弾丸の速度が大きく,Ek≫QD*mt(Ekは衝突エネルギー,QD*はカタストロフィック破壊の閾値,mtは標的粒子質量)の場合には,砂の重力則(Schmidt and Housen, 1987)に一致する.しかし,Ek〜QD*mtの条件では,π2R平面上で傾きが大きく変わることが分かった.つまり,弾丸の衝突エネルギーが標的構成粒子の破壊エネルギーを上回ると重力則から乖離し衝突エネルギーに対してクレーター径は緩慢に成長する.しかし,エネルギーがある値を超えると急に砂の重力則に漸近する様子が窺える.
考察:実験の結果は,ボールダーで構成される標的へのクレーター形成機構は衝突エネルギーと標的破壊エネルギーの大小関係によって次のように分類できることを示唆している.(1) EkD*mtのとき,運動量保存の場で決定される初期速度を持った重力則に従うクレータリング(Guettler et al., 2012).(2)Ek≥QD*mtのとき,弾丸は表面の標的粒子を破壊し,破砕された標的破片が等方的に飛散することによって,標的媒質へ輸送される運動エネルギーが結果的に少なくなる. (3) Ek≫QD*mtのとき,弾丸は深くまで貫入するため,ある程度の深さで破砕された破片群は周囲の媒質に運動エネルギーを輸送することで,また掘削効率が上がり,重力則に漸近すると考えられる.
実験結果から,標的と同程度のサイズのボールダーで構成される標的に形成されるクレーター径はレゴリスや砂の重力則に近いが,弾丸の衝突エネルギーと標的の破壊エネルギーの大小関係によっては最大で40%程度形成効率が落ちることが分かった.これは実証的にアーマリング効果が確認できたと言える.
イトカワの内部が,その表面に見られるようなボールダーで構成されている場合には,クレーター径は重力則とアーマリング効果によって減効率された重力則の中間的な値となることを本研究の実験結果は示唆する.このクレーター径見積もりをイトカワ表面に観測された100 m以上のクレーター候補地形に対して適用し表面年代を求めると,0.4-8.4 Myrという値が得られる.この年代は宇宙線照射年代(Nagao et al, 2011; Meier et al., 2014)やスペクトル分析による年代推定(Koga et al., 2014)の10Myr以下と同程度である.これは,Nagao et al. (2011)によって提起されたレゴリスの宇宙空間への飛散による時々刻々の表面更新説と大きく矛盾するものではないが,宇宙線照射の数mmの深さスケールに対して,クレーター年代は深さ10m程度の更新のタイムスケールを表すと考えられることから,これらの年代の一致は数Myr前にイトカワに全球的に表面を更新するイベント,例えば破壊と再集積といったイベントが起こった可能性を示唆している.