日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS34] 古気候・古海洋変動

2015年5月28日(木) 11:00 〜 12:45 301A (3F)

コンビーナ:*山田 和芳(静岡県 文化・観光部 文化学術局 ふじのくに地球環境史ミュージアム整備課)、池原 実(高知大学海洋コア総合研究センター)、入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、岡 顕(東京大学大気海洋研究所)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、北場 育子(立命館大学古気候学研究センター)、北村 晃寿(静岡大学理学部地球科学教室)、佐野 雅規(総合地球環境学研究所)、中川 毅(立命館大学)、林田 明(同志社大学理工学部環境システム学科)、座長:山田 和芳(静岡県 文化・観光部 文化学術局 ふじのくに地球環境史ミュージアム整備課)

12:30 〜 12:45

[MIS34-11] カディズ湾の堆積物コアのバイオマーカー分析による後期中新世~後期鮮新世における海洋生物生産変動の復元

*風呂田 郷史1沢田 健1 (1.北海道大学 理学院)

キーワード:北大西洋, 鮮新世, MIS M2, バイオマーカー, 珪藻, 地中海流出水

イベリア半島南部に位置するカディズ湾は,西は北大西洋へと開けている一方で,東はジブラルタル海峡を通じて地中海と繋がっている.そのため,地中海と大西洋の水交換を考察する上で重要な地域として考えられており,特にコンターライト堆積物の堆積パターンから地中海流出水の変動が復元されてきた(例えば,Hernández-Molina et al., 2014).一方,海洋表層環境においては,カディズ湾に近いカナリア諸島周辺に地域的な湧昇域であるアゾレスフロントが位置している.アゾレスフロントは北大西洋亜熱帯循環の北東端部として知られており,現在の海洋循環ではカディズ湾の海洋環境に影響を与えていないが,最終氷期においてはカディズ湾付近まで北上し鉛直混合を活発化させていたことが微化石群衆の変化などから報告されている(例えば,Rogerson, 2004).そのため,カディズ湾の海洋表層環境は北大西洋の海洋循環の変化にも敏感な地域であると考えられ,海洋表層循環を考える上でも重要な地域であると言える.しかしながら,IODP第339航海(2011年~2012年)が行われるまでは,鮮新世以前のカディズ湾の海底堆積物は採取されておらず,そのため古海洋変動の記録も報告されていない.そこで本研究では,IODP第339航海で採取された深海堆積物のバイオマーカー分析を行い海洋生物生産の変動を復元することで,後期中新世から後期鮮新世にかけてのカディズ湾周辺の古海洋環境変動を考察した.
 カディズ湾の海洋堆積物からは,真核藻類に由来するC27からC29のステロール,ハプト藻に由来する長鎖アルケノン,渦鞭毛藻に由来するディノステロール,真正眼点藻や一部の珪藻に由来する長鎖のアルキルジオールが検出された.長鎖のアルキルジオールのうち,C28およびC30 1,14-ジオールは珪藻のProboscia属に由来し,1,13-および1,15-ジオールは主に海洋の真正眼点藻類に由来すると考えられている.アラビア海などにおける一部の海域ではProboscia属は湧昇種として知られているため,ジオール組成を用いたDiol Index 1および2(DI1およびDI2)が湧昇指標として提案されている(例えば,Rampen et al., 2014).検出されたバイオマーカーの総有機炭素量に対する濃度を求めたところ,長鎖アルケノンとC28ステロールの濃度はおよそ4.2 Maごろを境に高い値を示した.検出されたC28ステロールの多くはbrassicasterolであり,これはハプト藻アルケノン合成種に由来することが知られている.そのため,4.2 Maごろにおける長鎖アルケノンとC28ステロール濃度の増加は,カディズ湾におけるハプト藻の海洋生物産が活発化したことを示唆する.しかしながら,連続的なコンターライト堆積シーケンスがこの時期から同様に見つかるため,コンターライト堆積システムの発達による効果的な有機物の保存システムが堆積物中の長鎖アルケノンおよびC28ステロールの増加を引き起こした可能性を除外することができない.一方,珪藻のProboscia属に由来する1,14-ジオールの濃度は3.4 〜 3.2 Maにかけて高い値を示した.同時に,DI1とDI2も高い値を示したことから,この期間において珪藻のProboscia属の海洋生物生産への寄与率が増加したことが考えられる.カディズ湾において珪藻の生物生産が増加した3.4 〜 3.2 Maは底生有孔虫の酸素同位体比が高い値を示す期間であり,温暖な鮮新世の中でも寒冷な時期として知られている(Lisiecki and Raymo, 2005).特に,MIS M2(ca. 3.3 Ma)では酸素同位体比が現在よりも大きな極大値を示し,厳しい寒冷化が生じていたと考えられている.そのため,寒冷化に伴う大気海洋循環の変化がカディズ湾の珪藻生産の増加を引き起こしていたと考えられる.さらに,IODP U1313サイト(北大西洋,中緯度地域)の高解像度での水温復元の結果から,北大西洋海流(North Atlantic Current: NAC)が3.4 MaからMIS M2にかけて弱化し南側へシフトし,氷期と似た海洋表層循環が形成されていたことが指摘されている (Naafs et al., 2010).そのため,3.4 〜 3.2 Maにおけるカディズ湾における珪藻生産の増加は,NACの南下に伴ったアゾレスフロントのカディズ湾への貫入と鉛直混合の活発化によって引き起こされたと考えられる.