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[PPS21-05] 形成期の水星におけるコア-マントル間の硫黄の分配と水星の材料物質
キーワード:水星, 硫黄, 分配
水星は自重による圧縮の効果を除くと太陽系の中で最も高密度の惑星であり,大きなコアを持つことが示唆されている.近年,水星を周回探査したMSSENGER探査機によるγ線スペクトロメータを用いた観測により,水星表面の元素組成が初めて詳しく求められた (Evans et al., 2012).その結果, S濃度が予想外に大きく,1.9-2.7 wt%であった.Sはコア形成時に溶融金属に分配されやすいため,太陽系の岩石惑星の岩石圏では一般に存在度が低いと考えられている.例えば地球の大陸地殻には0.04 wt%程しか含まれておらず,水星表面になぜ高濃度の硫黄が存在するのかはわかっていない.一方で,同様の観測から求められたFe濃度は1.6-2.2 wt%であった.これはFeO濃度に換算すると2.1-2.8 wt%と,地球(約8 wt%)や火星(約16 wt%)の地殻平均値よりも少なく,地上からの反射スペクトル観測から推定されてきたFeOに乏しい水星表面組成と調和的である.鉄の酸化還元度に着目した隕石学的考察から,水星の材料物質としてFeOに乏しいEコンドライト様の化学組成をもつ物質が有望視されている (Wasson, 1988).
一般的にSはコア形成時に金属相に選択的に分配されるため,岩石圏ではごく低濃度になると考えられている.しかし硫黄分配の傾向は酸化還元状態によって変化し,還元的な環境ではケイ酸塩メルトに分配される硫黄が多くなることが知られている.そのため,水星が還元的な物質から形成したならば,水星表面に見られる高濃度の硫黄は,コア形成時にケイ酸塩相に分配されたものに由来する可能性がある.
そこで本研究では,形成期の水星におけるコア-マントル間の硫黄の分配を,工業化学分野で経験的に知られているケイ酸塩メルトへの硫化物溶解度モデルを拡張して調べ,そして水星表面の組成から水星の材料物質を推定することを試みた.ケイ酸塩メルト相と溶融金属鉄相間での化学平衡を考えることによって,任意に与えた水星材料物質組成に対して,硫黄分配を支配する重要な熱力学量の一つである酸素フガシティーfO2を得,そして硫化物溶解度モデルからケイ酸塩メルト中のS濃度が得られる.硫化物の溶解度を示すサルファイドキャパシティーにはTaniguchi et al.(2009)のモデルを採用した.水星材料物質の組成は,次のように仮定する.まずEコンドライト平均組成における相対元素存在度を保持して,酸化物と非鉄系(陽イオンが非親鉄性元素)の硫化物を混ぜたものをケイ酸塩メルトの基準組成モデルとする.また同様に金属鉄と硫化鉄を混ぜたものを金属メルトの基準組成モデルとする.そこから出発組成や圧力を変化させて元素分配計算を行った.材料物質組成に対する依存性は,FeO/Si比,非鉄系硫化物/Si比,金属相のS濃度を変化させることで調べた.温度は全溶融を仮定し2000 Kとし,圧力依存性は,反応による体積変化から推定し,1-10 GPaの範囲で計算を行った.
基準組成モデルに対して元素分配計算を行った場合,ケイ酸塩相に分配されるS濃度,FeO濃度はそれぞれ1.6 wt%,0.024 mol%と,S濃度は観測値とほぼ一致したが,FeO濃度は観測されるFe濃度を説明するには,2桁小さい結果となった.材料物質のFeO/Si比を大きくするほど分配されるS濃度は小さくなる.また,非鉄系硫化物/Si比を大きくするほどFeO濃度は小さくなり,S濃度とFeO濃度の増減は逆相関の関係にある.金属相のS濃度を上げると,ケイ酸塩メルトのS濃度はあまり変化せずに,最大0.06 wt%までFeO濃度が大きくなる.Sの分配結果に圧力依存性はほとんど見られなかったが,圧力が上がるにつれて分配されるFeO濃度がやや減少した.
以上のようにEコンドライトの組成に近い出発組成を与えて分配計算を行うと,幅広い条件で観測値を説明できる濃度のSがケイ酸塩相に分配される.これは水星の材料物質が実際にEコンドライト様の物質であることを支持する.しかしながら,同時にケイ酸相中に分配されるFeO濃度はFeの観測値を説明するには小さすぎるように見える.観測原理上,水星表面のFeの酸化還元状態は現時点では不明なことには注意が必要である.水星表面のFeは,コア形成後に水星表面に付加したFeや,隕石衝突により薄い水星マントルを貫いて掘削され放出されたコア由来のFeで説明できるかもしれない.
一般的にSはコア形成時に金属相に選択的に分配されるため,岩石圏ではごく低濃度になると考えられている.しかし硫黄分配の傾向は酸化還元状態によって変化し,還元的な環境ではケイ酸塩メルトに分配される硫黄が多くなることが知られている.そのため,水星が還元的な物質から形成したならば,水星表面に見られる高濃度の硫黄は,コア形成時にケイ酸塩相に分配されたものに由来する可能性がある.
そこで本研究では,形成期の水星におけるコア-マントル間の硫黄の分配を,工業化学分野で経験的に知られているケイ酸塩メルトへの硫化物溶解度モデルを拡張して調べ,そして水星表面の組成から水星の材料物質を推定することを試みた.ケイ酸塩メルト相と溶融金属鉄相間での化学平衡を考えることによって,任意に与えた水星材料物質組成に対して,硫黄分配を支配する重要な熱力学量の一つである酸素フガシティーfO2を得,そして硫化物溶解度モデルからケイ酸塩メルト中のS濃度が得られる.硫化物の溶解度を示すサルファイドキャパシティーにはTaniguchi et al.(2009)のモデルを採用した.水星材料物質の組成は,次のように仮定する.まずEコンドライト平均組成における相対元素存在度を保持して,酸化物と非鉄系(陽イオンが非親鉄性元素)の硫化物を混ぜたものをケイ酸塩メルトの基準組成モデルとする.また同様に金属鉄と硫化鉄を混ぜたものを金属メルトの基準組成モデルとする.そこから出発組成や圧力を変化させて元素分配計算を行った.材料物質組成に対する依存性は,FeO/Si比,非鉄系硫化物/Si比,金属相のS濃度を変化させることで調べた.温度は全溶融を仮定し2000 Kとし,圧力依存性は,反応による体積変化から推定し,1-10 GPaの範囲で計算を行った.
基準組成モデルに対して元素分配計算を行った場合,ケイ酸塩相に分配されるS濃度,FeO濃度はそれぞれ1.6 wt%,0.024 mol%と,S濃度は観測値とほぼ一致したが,FeO濃度は観測されるFe濃度を説明するには,2桁小さい結果となった.材料物質のFeO/Si比を大きくするほど分配されるS濃度は小さくなる.また,非鉄系硫化物/Si比を大きくするほどFeO濃度は小さくなり,S濃度とFeO濃度の増減は逆相関の関係にある.金属相のS濃度を上げると,ケイ酸塩メルトのS濃度はあまり変化せずに,最大0.06 wt%までFeO濃度が大きくなる.Sの分配結果に圧力依存性はほとんど見られなかったが,圧力が上がるにつれて分配されるFeO濃度がやや減少した.
以上のようにEコンドライトの組成に近い出発組成を与えて分配計算を行うと,幅広い条件で観測値を説明できる濃度のSがケイ酸塩相に分配される.これは水星の材料物質が実際にEコンドライト様の物質であることを支持する.しかしながら,同時にケイ酸相中に分配されるFeO濃度はFeの観測値を説明するには小さすぎるように見える.観測原理上,水星表面のFeの酸化還元状態は現時点では不明なことには注意が必要である.水星表面のFeは,コア形成後に水星表面に付加したFeや,隕石衝突により薄い水星マントルを貫いて掘削され放出されたコア由来のFeで説明できるかもしれない.