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[BPT25-P05] 湖沼堆積物のアルケノン組成にみられる化学分類学的特徴:南極スカルブスネス地域、長池のアルケノン生産種推定
キーワード:アルケノン, ハプト藻, 化学分類, 湖沼堆積物, 古水温復元
長鎖不飽和アルキルケトン(アルケノン)やアルケノエイトは海洋堆積物中に広く分布し、アルケノン不飽和度(UK37, UK’37) は海洋表層水温の復元に応用されている。アルケノンは世界中の湖沼からも検出され、陸域の古水温指標としての応用が検討されているが、海洋におけるアルケノン不飽和度-水温換算式 (1) が世界中の海洋表層水温をよく復元するのに対して、湖のアルケノン組成や水温換算式は湖ごとに多様であり、これは湖沼のアルケノン生産者の多様性を反映していると考えられている。実際、海洋のアルケノン生産者はハプト藻 Noelaerhabdaceae 科の汎存種である Emiliania huxleyi が主であるのに対して、湖沼のアルケノン生産者は Isochrysidaceae 科に属する Chrysotila lamellosa をはじめ、未記載種を含む複数の系統のハプト藻がアルケノン生産に関与していることが分かってきた (2-3)。Isochrysidaceae 科のアルケノン生産種の水温換算式の検討例は少ないが、Isochrysis garbana (4)、Pseudoisochrysis paradoxa (5) , C. lamellosa (6) の培養実験から、アルケノン生産者の系統による検量線の違いが顕著であることが示唆されている。したがって、湖沼における古水温計としての精度を高めるためには、生産種に応じて最適な検量線を選択する必要があると考えられる。
生産種の推定に役立つアルケノン組成の化学分類学的特徴を明らかにするため、これまでに、 Isochrysidaceae 科の3属(Chrysotila 属, Isochrysis 属, Tisochrysis 属) の培養実験により、Tisochrysis 属が 4不飽和アルケノンを持たないことで他の 2属と区別されることを指摘した (7)。本研究では、中極性カラムによる新しいアルケノン分析手法 (8) を用いてこれらの培養株のアルケノン組成を解析したところ、Isochrysis 属と Chrysotila 属から新規 C38 アルケノエイトを見いだした。加えて、Chrysotila 属は C38 3不飽和アルケノンの異性体も含んでいた。3不飽和アルケノン異性体は、天然では北半球高緯度の湖沼 (BrayaSø, Toolik Lake) から報告されているが、これらの湖では C37?C39 の3不飽和アルケノンのいずれについても異性体が含まれるのに対し、Chrysotila 属で検出された3不飽和アルケノンの異性体は C38 のみである点が異なっていた。新規 C38 アルケノエイトの含有は Isochrysis 属と Chrysotila 属に共通の、3不飽和アルケノン異性体の C38に限った含有は Chrysotila 属に特有の組成である可能性がある。
さらに、南極スカルブスネス露岩地域に位置する長池の堆積物のアルケノン組成を中極性カラムを用いて解析したところ、新規 C38アルケノエイトが検出され、3不飽和アルケノン異性体は C38 のみが検出された。長池ではこれまでに過去約3000年間にわたるアルケノン不飽和度の変遷を含むバイオマーカー分析が行われている (9)。長池堆積物のアルケノン組成のパターンが既知の培養株の特徴のうち C. lamellosa に類似していたことから、C. lamellosa の UK37-水温換算式 (6) を用いて表層堆積物の古水温を計算したところ、9.2-15°C となり、これは長池で観測される夏の湖水温と調和的であった。湖沼のアルケノン生産者に関連した種の培養株の温度換算式はまだ少ないが、他の株の換算式では極端に低い温度が復元されてしまうことも、長池で C. lamellosa がアルケノン生産に寄与していたことの傍証となると考えられる。
1)Prahl, F. G. and Wakeham, S. G., 1987. Nature, 330, 367-369.
2)Theroux, S., et al., 2010. Earth Planet. Sci. Lett. 300, 311-320.
3)Toney, J. M., et al., 2010. Geochim. Cosmochim. Acta 74., 1563-1578.
4)Versteegh, G. J. M., et al., 2000. Org. Geochem. 32, 785-794.
5)Theroux, S., et al., 2013. Org. Geochem. 62, 68-73.
6)Nakamura, H., et al., 2014. Org. Geochem. 66, 90-97.
7)中村ら, 2014. 2014年度日本地球化学会年会
8)Longo, W. M. et al., 2013. Org. Geochem. 65, 94-102.
9)Sawada, K. et al., 2014, AGU Fall Meeting 2014, B21E-0093.
生産種の推定に役立つアルケノン組成の化学分類学的特徴を明らかにするため、これまでに、 Isochrysidaceae 科の3属(Chrysotila 属, Isochrysis 属, Tisochrysis 属) の培養実験により、Tisochrysis 属が 4不飽和アルケノンを持たないことで他の 2属と区別されることを指摘した (7)。本研究では、中極性カラムによる新しいアルケノン分析手法 (8) を用いてこれらの培養株のアルケノン組成を解析したところ、Isochrysis 属と Chrysotila 属から新規 C38 アルケノエイトを見いだした。加えて、Chrysotila 属は C38 3不飽和アルケノンの異性体も含んでいた。3不飽和アルケノン異性体は、天然では北半球高緯度の湖沼 (BrayaSø, Toolik Lake) から報告されているが、これらの湖では C37?C39 の3不飽和アルケノンのいずれについても異性体が含まれるのに対し、Chrysotila 属で検出された3不飽和アルケノンの異性体は C38 のみである点が異なっていた。新規 C38 アルケノエイトの含有は Isochrysis 属と Chrysotila 属に共通の、3不飽和アルケノン異性体の C38に限った含有は Chrysotila 属に特有の組成である可能性がある。
さらに、南極スカルブスネス露岩地域に位置する長池の堆積物のアルケノン組成を中極性カラムを用いて解析したところ、新規 C38アルケノエイトが検出され、3不飽和アルケノン異性体は C38 のみが検出された。長池ではこれまでに過去約3000年間にわたるアルケノン不飽和度の変遷を含むバイオマーカー分析が行われている (9)。長池堆積物のアルケノン組成のパターンが既知の培養株の特徴のうち C. lamellosa に類似していたことから、C. lamellosa の UK37-水温換算式 (6) を用いて表層堆積物の古水温を計算したところ、9.2-15°C となり、これは長池で観測される夏の湖水温と調和的であった。湖沼のアルケノン生産者に関連した種の培養株の温度換算式はまだ少ないが、他の株の換算式では極端に低い温度が復元されてしまうことも、長池で C. lamellosa がアルケノン生産に寄与していたことの傍証となると考えられる。
1)Prahl, F. G. and Wakeham, S. G., 1987. Nature, 330, 367-369.
2)Theroux, S., et al., 2010. Earth Planet. Sci. Lett. 300, 311-320.
3)Toney, J. M., et al., 2010. Geochim. Cosmochim. Acta 74., 1563-1578.
4)Versteegh, G. J. M., et al., 2000. Org. Geochem. 32, 785-794.
5)Theroux, S., et al., 2013. Org. Geochem. 62, 68-73.
6)Nakamura, H., et al., 2014. Org. Geochem. 66, 90-97.
7)中村ら, 2014. 2014年度日本地球化学会年会
8)Longo, W. M. et al., 2013. Org. Geochem. 65, 94-102.
9)Sawada, K. et al., 2014, AGU Fall Meeting 2014, B21E-0093.