日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT31] 環境トレーサビリティー手法の新展開

2015年5月27日(水) 14:15 〜 16:00 304 (3F)

コンビーナ:*中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)、陀安 一郎(京都大学生態学研究センター)、座長:中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)

15:30 〜 15:33

[HTT31-P06] 立山山岳域の高山植生への大気沈着の影響

ポスター講演3分口頭発表枠

*上原 佳敏1久米 篤1中野 孝教2Kicheol SHIN2渡辺 幸一3中島 春樹4朴木 英治5 (1.九州大学農学部、2.総合地球環境学研究所、3.富山県立大学、4.富山県農林水産総合技術センター、5.富山市科学博物館)

キーワード:黄砂, 山岳, ストロンチウム同位体, 植物生理生態, 森林水文, 物質循環

森林土壌は,森林から供給されるリターと基岩の風化産物によって生成されることが多いが,その際大気沈着による物質供給の影響はあまり考慮されていない.しかし,日本のようにモンスーンの影響を受け,多雨・多雪な地域においては,植物体や土壌からの溶脱が卓越する傾向がある.そのため,基岩の影響が直接的に観察されるのは蛇紋岩や石灰岩が卓越した地域に限られ,むしろ,斜面方位や斜度,斜面上の位置など,地形要素の方が植物の成長や分布に大きな影響を与えている.このことは,上部から土砂が供給される谷部や平野部以外の場所では,大気からの物質沈着が栄養塩循環に大きな影響を及ぼしていることを示唆している.特に,山岳地帯の稜線付近における主な物質流入源は湿性・乾性沈着に限られ,それらの評価を行うことによって,高山生態系における物質循環の実態を把握できると考えられる.
日本の代表的な山岳域である中部山岳国立公園の立山・浄土平(標高2839m)において,ハイマツ林冠の物質動態を測定した結果,ハイマツは針葉表面に付着した無機窒素成分の70%を吸収していた.一方,多量のカリウムイオン(K+)やマグネシウムイオン(Mg2+)が針葉表面から溶脱していた.ハイマツ林内雨の87Sr/86Srは,大気沈着の値や海塩の値と非常に近い値なった.ハイマツの葉と枝,リターの87Sr/86Srは,渓流水や基岩である花崗岩の値とは異なり,黄砂の値に近いものとなった.周囲の高山植物の値はおおよそ大気沈着の値に近かった.
次に,立山の標高別に成立する各森林ではどのように物質循環が変化するかを調べるために,美女平のスギ林(標高977m),ブナ平のブナ林(1200m),弥陀ヶ原のオオシラビソ林(1930m)で林内雨の観測及び,葉,枝,リター,土壌中の87Sr/86Srを測定した.その結果,スギとオオシラビソの葉・枝・リター及び林内雨の87Sr/86Srは,いずれも大気沈着の値に近かったが,ブナの葉や林内雨の値は,黄砂の値とほぼ一致した.イオンクロマトグラフィーによる分析結果は,いずれの林冠においても活発な樹冠との相互作用が確認され,オオシラビソ林ではカルシウムイオン(Ca2+),ブナ林では大量のK+が樹冠から溶脱していた.また,どの森林においても,土壌中の87Sr/86Sr値は黄砂の値に近くなっていた.
これらの結果は,立山ではいずれの森林地帯でも大気からのイオン供給が物質循環の主体をなしており,基岩の影響は非常に小さいこと,また,黄砂が重要な陽イオン供給源になっており,林床に供給されたCa2+などの栄養塩類は,リターを含む根域に栄養塩プールを形成しそれが根から再吸収されることで,循環して利用されている事が示唆された.