日本地球惑星科学連合2016年大会

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口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS11] 成層圏・対流圏過程とその気候への影響

2016年5月23日(月) 13:45 〜 15:15 A01 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*山下 陽介(国立環境研究所)、秋吉 英治(国立環境研究所)、佐藤 薫(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)、冨川 喜弘(国立極地研究所)、座長:山下 陽介(国立環境研究所)

14:15 〜 14:30

[AAS11-09] アジアモンスーン高気圧に伴うメソスケールの擾乱の力学的特徴と成層圏・対流圏間の物質混合への影響

*雨宮 新1佐藤 薫1 (1.東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)

キーワード:大気力学、成層圏・対流圏結合、物質循環

成層圏・対流圏間の物質輸送と混合に関する近年の研究では、北半球夏季の上部対流圏・下部成層圏(UTLS)領域に卓越するアジアモンスーン高気圧(以下単に「モンスーン高気圧」)の果たす役割に注目が集まっている(Randel et al., 2010)。物質混合に関わるモンスーン高気圧の力学的特徴は、等温位面上のErtel渦位(PV)を用いて理解されている。約360~380Kの温位面上の大部分において、モンスーン高気圧内側は対流圏にあたり、外側を占める成層圏の空気に比べて、PVが顕著に低い特徴がある。それに対応して、水蒸気やオゾンの混合比も高気圧内外で顕著な差がある(Fueglistaler et al., 2009)。等温位面上でのモンスーン高気圧内外の混合は、これを縁どる強い高気圧性循環によって抑えられており、極渦の場合と同様の手法により、PVの勾配によって混合のバリアの位置を把握できる(Ploeger et al., 2015)。一方で、モンスーン高気圧はそれ自体が大きな季節内変動を示し、メソスケール擾乱や渦の分裂を伴うが(Popovic and Plumb, 2001)、それらが不可逆的な混合をもたらすと考えられている。本研究では、モンスーン高気圧内外の混合に関わるメソスケールの擾乱の力学的特徴についてPVを用いて調べ、特に高気圧の北側・南側を対比して、混合に関わると考えられる擾乱に伴う下降流の成因を論じた。
使用したデータは2011~2015年6~9月のERA-Interim再解析データである。ただし、UTLS領域では異なる再解析データ間の不一致が比較的大きいことがわかったので、JRA55、MERRAを用いた結果との比較も行った。
まず、370Kの等温位面上では、モンスーン高気圧の南側にあたる5°N~20°Nに数日程度の継続時間をもった高PVを持つ擾乱が間欠的に出現する。これは亜熱帯ジェットの北側の中緯度成層圏の空気が高気圧北東でのロスビー波の砕波に伴って南側に流入したもの(‘in-mixing’)による。等温位面上で0°N~20°N[KS1] で平均した時間-経度断面でみると、間欠的に生じるPVの大きな領域が西向きに移流されているが、徐々にPVの値が小さくなり、約80°Eを境にして西側では大部分が不明瞭となる。これはPVまたは温位が移流に伴って保存されないことを示し、in-mixingが基本的に不可逆であるとする先行研究の見方を裏付けるものである。そこで、個々の擾乱に注目して、不可逆な混合に関わる周囲の循環の特徴を調べた。
150hPaの等圧面上の時間-緯度断面において、モンスーン高気圧の南側の高PVを持つ擾乱に注目したところ、その多くが下降流と対応していることが分かった。一方で、北側でも同様に300hPaの等圧面上で下降流と高PVの対応がみられた。これはジェット付近での圏界面の下降として知られているものである(Shapiro, 1980)。以上の結果を他の再解析データを用いたものと比較したところ、鉛直流の大きさと細かな分布はデータ間の不一致が大きいものの、メソスケールの循環の定性的特徴については整合していることがわかった。
このような擾乱に伴う鉛直流の成因について、バランス流の力学に基づいた理解を試みた。UTLSにおいて、低緯度側では相対渦度と惑星渦度の比は必ずしも小さくないが、東風ジェットが卓越するため、地衡風バランスは十分に満たされている。すなわち、Semi-Geostrophic系を導くBalanced-Jet 近似(Hoskins, 1975)に基づいて、地衡風に直交する面(y-z面とする)上の二次循環の質量流線関数ψが次のSawyer-Eliassen方程式を用いてバランス流から診断できる。
式(1):N22ψ/∂y2+2S22ψ/∂y∂z+Fs2(∂2ψ/∂z2-ψ/4H2)=Q
ただしS2=-g/θ ∂θ/∂y、Fs2=f(f-∂u/∂y)である。右辺のQはバランス流から診断される量である。これらを緯度・経度方向に3点の移動平均を施した再解析データを用いて、各点の地衡風の向きに応じて計算した。
先行研究では寒帯前線ジェット付近での圏界面下降について、式(1)を用いて診断される二次循環が実際の非地衡風と鉛直風を定性的に再現することが示されている(Shapiro, 1981; Uccelini ,1985)。モンスーン高気圧北側の亜熱帯ジェットの場合も、先行研究と同様に、ジェットの出口である収束域の上下にダイポール型の大きなQyが生じ、南北流の非地衡風成分、鉛直流の分布が良く対応していた。一方で、高気圧南側ではQyと子午面循環の分布は必ずしも整合的ではなかった。そこで、高気圧南側のメソスケールの鉛直流の形成に関して、湿潤過程の役割を調べた。下降流は南側の上昇流と対になって生じることが多く、空間分布は緯度高度断面で見ると上ほど南に傾いた構造を持つことがわかった。このような特徴は、循環が湿潤対称不安定によると考えることによって説明できる。ある時刻のPV、鉛直流、相当温位および絶対角運動量の緯度高度断面を図に示す。15-20oN、125-250hPa付近において相当温位と絶対角運動量の等値線はいずれも南向きに傾き、両者の傾きが近くなっている。これは安定度が中立に近いことを意味する。循環が高緯度側と逆向きに傾いていることは、式(1)の係数の符号から理解することができる。
以上をまとめると、モンスーン高気圧の低緯度側では間欠的なin-mixingにより、高PVの空気を伴う擾乱が発生する。それに伴いみられる顕著な斜めの下降流は、高緯度側のジェット付近の圏界面下降の場合のようなバランス流自体による強制ではなく、湿潤対称不安定により形成されている可能性が高いことが示された。