日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気水圏科学複合領域・一般

[A-CG22] 陸域生態系の物質循環

2016年5月25日(水) 09:00 〜 10:30 101B (1F)

コンビーナ:*加藤 知道(北海道大学農学研究院)、平野 高司(北海道大学大学院農学研究院)、佐藤 永(海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野)、平田 竜一(国立環境研究所)、座長:平野 高司(北海道大学大学院農学研究院)

09:45 〜 10:15

[ACG22-04] 異なる窒素施肥条件におけるイネの収量・バイオマスおよび炭素・窒素含量の高CO2応答:つくばみらいFACE実験の洞察

★招待講演

*林 健太郎1常田 岳志1荒井 見和1酒井 英光1臼井 靖浩2中村 浩史3長谷川 利拡1 (1.国立研究開発法人農業環境技術研究所、2.国立研究開発法人農研機構北海道農業研究センター、3.太陽計器)

キーワード:FACE、イネ、コメ収量、バイオマス、炭素循環、窒素循環

イネはその生産量がトウモロコシに次いで世界2位の穀物であり,特にモンスーンアジアの基幹作物である.コメ生産の場となる水田は,水を張ること(湛水)により嫌気化し,強力な温室効果ガスであるメタンの発生源になる.IPCCの第5次評価書では人為起源メタンの約11%が水田由来とされる.上昇を続ける大気CO2濃度(高CO2)が現状および近い将来のコメ生産や水田のメタン発生に及ぼす影響は大きな関心事である.また,水田の炭素と窒素の循環は互いに密接に関わり合い,水田には多くの場合に窒素肥料が施肥される.高CO2と窒素条件の相違が水田生態系の炭素・窒素循環に及ぼす影響の数々,それらがイネの植物生産,収量,および窒素利用効率,ならびに水田のメタン発生に波及するメカニズムは,食料生産および水田生態系物質循環の将来予測の精度向上に欠かせない知見である.
他の環境条件に手を加えずにCO2濃度のみを操作する開放系大気CO2増加実験(FACE: free-air CO2 enrichment)は,実規模の生態系の高CO2応答を知る有効な手段である.農業環境技術研究所は2009年に水田を対象としたFACE施設(つくばみらいFACE)を茨城県つくばみらい市に設置し,2010年より運用を開始し,イネおよび水田生態系の高CO2応答に関する研究を精力的に進めてきた.つくばみらいFACEではイネの単作が行われる.すなわち,4月下旬に水田を湛水,5月中旬に窒素施肥および湛水,5月下旬に幼苗を定植,以降は湛水を続けて8月下旬に落水,そして9月中旬~下旬にかけて収穫する.稲わらは水田に戻し,刈り株と併せて耕起する.水田は収穫以降,翌年4月下旬の湛水まで裸地となる.4枚の水田それぞれに高CO2区(FACE区)および対照区(Amb区)を設ける.FACE区には差し渡し17 mのリングを設置し,中心のCO2濃度がAmb区に対して平均的に200 ppm高くなるように純CO2を自動制御で放出する.CO2条件の他には,窒素施肥条件(0N:施肥なし,標肥:8 g N m–2,多肥:12 g N m–2),温度条件(処理なし,田面2℃加温),および品種条件(コシヒカリほか多数)を設ける.つくばみらいFACEは日本唯一の大型水田FACE施設として,作物,土壌,微気象,物質循環,および微生物生態などの多分野に渡る研究群の貴重なプラットホームとなっている.
本講演では,基幹品種であるコシヒカリを対象とした研究成果を紹介する.2010~2014年の5作のデータによると,高CO2により地上部バイオマス(乾物重量)はいずれの施肥条件でも増加した一方で(0N:8%増,標肥:10%増,多肥:11%増),精玄米(籾殻を外した後に屑米を篩い落とした玄米)収量は0Nで増加しなかった(0N:有意な変化なし,標肥:12%増,多肥:11%増).つまり,標肥・多肥条件の収穫指数(地上部バイオマスに対する精玄米収量の比)は高CO2で変化せず,0Nの収穫指数は高CO2で5%減少した.この結果は,窒素可給性が低い条件では,高CO2の光合成促進効果は地上部全体を増やしながらも収穫物には及ばないことを意味する.また,高CO2により標肥のメタン発生量は5%増となった.本講演では,CO2および施肥条件がイネの炭素・窒素含量および地上部と地下部(根)のバイオマスの分配に及ぼす影響についても紹介する.これらの知見は陸域生態系物質循環の高CO2応答研究に示唆を与えると期待する.
つくばみらいFACEは,農林水産省委託プロジェクト研究「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開発」により維持管理されている.研究成果の一部は,科研費「植物生態学・分子生理学コンソーシアムによる陸上植物の高CO2応答の包括的解明」,科研費「大気二酸化炭素増加と水稲品種が大気-水田間の窒素循環に及ぼす影響の解明と予測」,および科研費「気候変動下の水田生態系の炭素循環を左右する窒素:メタン削減に繋ぐ機作の解明」により得られた.