日本地球惑星科学連合2016年大会

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口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気水圏科学複合領域・一般

[A-CG24] 北極域の科学

2016年5月26日(木) 13:45 〜 15:15 304 (3F)

コンビーナ:*川崎 高雄(国立極地研究所)、森 正人(東京大学大気海洋研究所)、佐藤 永(海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野)、津滝 俊(国立極地研究所国際北極環境研究センター)、羽角 博康(東京大学大気海洋研究所)、座長:佐藤 永(海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野)、津滝 俊(国立極地研究所国際北極環境研究センター)

14:15 〜 14:30

[ACG24-14] 走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた北極域の積雪に含まれる黒色炭素の形態観察

*永塚 尚子1Mateiu Ramona2東 久美子1,3塚川 佳美1杉浦 幸之助4榎本 浩之1,3青木 輝夫5 (1.国立極地研究所、2.デンマーク工科大学、3.総合研究大学院大学、4.富山大学、5.気象研究所)

キーワード:黒色炭素、走査型電子顕微鏡、北極域の積雪

極地に分布する積雪や氷河の氷の中には,様々な大気降下物が保存されている.このうち,黒色炭素(ブラックカーボン)や鉱物ダストなどの光吸収性エアロゾルは雪氷面に沈着してアルベドを低下させることで最近の北極域の温度上昇に寄与していると考えられている.ブラックカーボンはその構造によって光吸収特性が大きく異なる性質があることが報告されているが,実際の雪氷中のブラックカーボンの形態について明らかにした例はない.
本研究では,北極雪氷圏に供給される大気エアロゾルの気候変動への応答,および放射強制力への影響を評価することを目的として,走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた北極域積雪試料中のブラックカーボンの構造観察を行い,その空間的変動を考察する.
分析を行ったのは,GRENE北極プロジェクトにおいてグリーンランド,アラスカ,シベリア,および北海道札幌市で採取された積雪サンプルである.サンプルはパウダーフリー・ポリ袋内で融解した後,ガラスバイヤルに移し替えて冷蔵保存したものを使用した.
ブラックカーボン粒子の構造をより明瞭に観察するため,レース状のカーボン支持膜を乗せた200mesh Cu Holeyマイクログリッド,あるいは洗浄済みのシリコンウェハーを使用して試料台基盤上の汚れを排除し,その上にサンプルを1滴垂らして蒸発させ,観察を行った.さらに,エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて,ブラックカーボン粒子の表面の化学組成を分析した.試料の観察は国立極地研究所の走査型電子顕微鏡(QUANTA FEG 450)を用いて行った.
顕微鏡観察の結果,アラスカおよび札幌の積雪サンプルには,いずれも直径〜60 nmの同サイズの球形粒子で構成された,鎖状体構造を持つ粒子と凝集体構造を持つ粒子が含まれていた.さらにEDSによる定性分析の結果,これらの粒子は主にC(カーボン)で構成されていることがわかった.これは,先行研究で報告されているブラックカーボン粒子の構造(e.g. Buseck et al., 2012)に比較的近い特徴であることから,本研究で観察されたこれらの粒子もブラックカーボンであると考えられる.
しかしながら,鎖状体,および凝集体構造を持つブラックカーボン粒子の割合はサンプル間で大きく異なった.たとえば,グリーンランドの積雪にはアラスカや札幌に比べて鎖状体構造を持つ粒子が多く含まれており,これは北極域各地の積雪に含まれるブラックカーボンの起源あるいは輸送経路が地域によって異なることを示している.化石燃料や森林火災の燃焼によって大気中に排出された直後のブラックカーボンには,鎖状体構造を持つ粒子が比較的多く含まれていることが明らかになっていることから,グリーンランドの積雪に含まれるブラックカーボンは,硫酸塩などの他の大気エアロゾルの吸着や混合などのプロセスをほとんど受けていないと考えられる.
積雪サンプルには,ブラックカーボンだけではなく,鉱物粒子やその他の不純物も含まれていた.札幌のサンプルには直径1—2 μmの球状粒子が含まれており,それはC,Cu,Si,Na,Al,Fe,Mg,K,Caなどの元素で構成されていた.このような粒子の形態,粒径,および化学組成は,人為起源エアロゾルの1つであるフライアッシュとよく似た特徴を示していることから,札幌のサンプルに含まれるブラックカーボンも人為起源由来(化石燃料燃焼)である可能性が考えられる.