日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-HW 水文・陸水・地下水学・水環境

[A-HW16] 流域生態系の水及び物質の輸送と循環-源流域から沿岸域まで-

2016年5月26日(木) 15:30 〜 16:45 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*吉川 省子(農業環境技術研究所)、小林 政広(国立研究開発法人森林総合研究所)、奥田 昇(総合地球環境学研究所)、小野寺 真一(広島大学大学院総合科学研究科)、知北 和久(北海道大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、中屋 眞司(信州大学工学部水環境・土木工学科)、齋藤 光代(岡山大学大学院環境生命科学研究科)

15:30 〜 16:45

[AHW16-P13] 平成の名水の微量元素分析による水質特性の評価と食品の起源分析への応用

*柳沢 直哉1笹本 なみ1阿部 善也1中井 泉1 (1.東京理科大学大学院 総合化学研究科)

キーワード:水

近年、食品の産地偽装や安全管理に関する事件が社会問題となっており、食品の産地や製造工程のトレーサビリティが求められている。当研究室では無機微量元素および同位体比による食品の産地判別技術の開発を進めており、穀物、野菜、日本酒を中心に多くの成果を挙げてきた。本研究では新たに天然水を対象とし,特に平成20年に環境省によって選定された「平成の名水百選1)」に着目した。水は飲料用から農作物の生育まで幅広く用いられ、我々の生活に深く関わる重要な資源である。水資源中に溶存する微量元素をトレーサーとして用いて、農作物の産地判別を視野に、地質と関連付けた水の地域的特性化を試みた。
日本全国20地点(河川5地点、湧水15地点)にて、超純水および10%硝酸で洗浄済みのポリエチレン製容器を用いて現地で採水を行い、約4℃の冷暗所で保存した。孔径0.45 µmメンブランフィルターによるろ過により沈殿物を除去し、分析試料とした。軽元素(Na, Mg, K, Ca, Si)の測定には誘導結合プラズマ発光分析装置(SPS3520UV)を用いて、その他の微量元素(Al, V, Mn, Ni, Cu, Zn, As, Rb, Sr, Mo, Ba, REE)の測定には四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(Agilent 7500c)を用いた。内標準元素として115Inを添加し、検量線法により20元素以上の濃度の定量を行った。
まず検出された各微量元素の由来に関して考察を行った。測定した元素のうちLiは、埼玉県、山梨県で採取された河川水試料で高濃度を示した。これは、神流川源流、金峰山源流では母岩がLiを多く含む花崗岩質であるためであると考えられる。一方で、Vは山梨県、静岡県の試料において高濃度を示した。夏狩湧水(山梨)、湧玉池(静岡)はVを多く含む玄武岩が分布する地帯の湧水であり、長い年月をかけ雨や雪が地下に貯蓄される過程でVが多く溶け込んだと考えられる。同様に、源兵衛川(静岡)も上流に玄武岩が広く分布する相模川の水系であるために、V濃度が高くなったと考えられる。他の河川水、湧水試料では、その上流地質や帯水層付近の地質が花崗岩、玄武岩ではないために、こうした高濃度のLiおよびVは検出されなかった。Cuでは、群馬県、埼玉県の試料において高濃度を示した。群馬県の戸倉湧水、武尊湧水付近には鉱毒事件で知られる足尾銅山、埼玉県の毘沙門水、武甲山付近ではスカルン鉱床をもつ秩父鉱山が存在している。どちらも銅を多く採掘していた鉱山であることから、その影響が湧水の微量元素組成に顕著に表れていることが分かる。これら3元素の分布に関して、河川堆積物をもとに産業技術総合研究所によって作成された地球化学図1)とも対応が見られた。したがって、これらの元素は採水地点の地質や環境状況を良く反映することから、本研究の目的である天然水の地域特性化における有用な指標となることが期待される。秋田県の獅子が鼻湿原の出壺水で採取した水からは、高濃度のAl, Mn, Znおよび希土類元素が検出された。本研究で分析した試料のpHの平均は湧水で7.2、河川水で7.8であるが,この試料では4.4と明らかにpHが低い。先行研究3-4)によって、湿地という特殊な環境の湧水、地下水では微生物の活動に伴う有機酸(フミン酸、フルボ酸)の増加によってpHが低下し、岩石や土壌中のAlや希土類元素が溶解しやすいという指摘があり、この湧水はこうした影響を受けているものと考えられる。
以上より、湧水や河川水中の微量元素組成は地質的背景を強く反映することが示された。今後はさらに試料数を拡充してより詳細な地域特性化を進め、農作物の産地判別への応用を目指す。
1) 藪崎志穂ら, 地下水学会誌, 51, 127-139 (2008).
2) 地球化学図 産業技術総合研究所地質調査総合センターHP https://gbank.gsj.jp/geochemmap
3) Aline Dia et al., Geochemical et Cosmochimica Acta, 64, 4131-4151 (2000).
4) Melanie Davranche et al., Aquat Geochem, 21, 197-215 (2015).