日本地球惑星科学連合2016年大会

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セッション記号 A (大気水圏科学) » A-HW 水文・陸水・地下水学・水環境

[A-HW18] 同位体水文学2016

2016年5月25日(水) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*安原 正也(立正大学地球環境科学部)、風早 康平(産業技術総合研究所活断層・火山研究部門)、浅井 和由(株式会社 地球科学研究所)、大沢 信二(京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設(別府))、風間 ふたば(山梨大学大学院医学工学総合研究部工学学域社会工学システム系)、高橋 正明(産業技術総合研究所)、鈴木 裕一(立正大学地球環境科学部)

17:15 〜 18:30

[AHW18-P05] 枚方市の地下水中水銀の起源

*坂本 裕介1益田 晴恵1武内 章記2新谷 毅1 (1.大阪市立大学理学研究科生物地球専攻、2.国立研究開発法人国立環境研究所)

キーワード:水銀、地下水、同位体

水銀は毒性があるために国際的に規制されている.日本国内では水質汚濁防止法第15条により,水道や河川水では総水銀として0.0005mg/L(0.5ppb),環境基本法第16条により,土壌中では15mg/kg(15000ppb)と定め,規制されている.大阪府域では水質汚濁防止法に基づいて4513点で行われた地下水質調査により,総水銀が環境基準値(0.5ppb)を超えたものが31地点で検出されている.地質や周辺の状況から汚染は自然由来のものであると推定された.また,その水銀の多くは大阪府北河内地区に出現しており,活断層である生駒断層系に沿って上昇していると考えられた(大阪府 2009).しかし,水銀の起源は不明である.水銀の起源を明確にすることを目的として本研究を計画した.
先行研究で比較的高濃度の水銀が検出された大阪府枚方市で2015年7月~11月に15地点から地下水を採取し,主成分と水銀濃度を分析した.その中から,水銀濃度が高い試料を選び,水銀同位体比を測定した.地下水はすべて民家の丸井戸またはチューブ井戸で,井戸深度は10m以下,水位は1~2m程度であった.総水銀濃度測定は冷蒸気還元気化原子蛍光法(CVAFS),メチル水銀の濃度測定はガスクロマトグラフィー原子蛍光法(GC-AFS),水銀同位体比の測定は還元気化法により濃縮した後で還元気化試料導入系を備えた多重検出型ICP質量分析装置(MC-ICP/MS)により行った.
調査地域の地下水の主成分化学は(Ca2-HCO3-型)と(Na-Cl- SO4+NO3)に大別される.水銀濃度に関して,規制値(0.5ppb)を超える試料はなかったが,最も総水銀濃度が高い試料で133pptであった.同一井戸から採取した水試料では水銀濃度が採水時期によって大きく変動する.しかし,変動には季節や降水量などと直接の関係は見られない.ある井戸の地下水には水銀含有量が低い(90ppt)試料では,高い試料(133ppt)よりも人為由来のSO42-が多く含まれていた.また,別の試料では,同じCa2-HCO3-型の水質ではあるが,水銀濃度の高い(86ppt)試料の方が低い(59ppt)試料よりもこれら2成分の濃度が高かった.また同一日に約20m離れた同じ敷地内の井戸2ヶ所から採水した試料では深さは5m以上の井戸水の水銀濃度が55pptであるのに対し,2~3mの深度の井戸水は2.0pptであった.これらのことは,水銀が井戸周辺の表層から浸透する水に希釈されている,すなわち水銀の起源は地表にないことを示している.また,水銀の大部分は無機水銀であり,モノメチル水銀は総水銀濃度が極めて低い1試料を除いて1%以下であった.このことは,水銀の起源は人為的作用や生物化学作用によるものではないことを示唆する.
水銀同位体比は水銀の起源を推定するために有効である.水銀同位体比は生物化学作用による分別が比較的大きいことが知られており,生物濃縮過程や有機水銀形成過程の追跡に関する研究は比較的進んでいる(たとえば,Blum,2013).しかし,地殻内での水銀の挙動に関して同位体比を用いた研究は少ない.本研究では2地点の地下水についてδ202Hgが-0.65~-0.85‰の値を得ている.これは熱水を除く地下水中水銀の同位体比としては初めての報告である.紀伊半島から四国にかけて多くの水銀鉱山が知られている.武内(2011)は,辰砂の水銀同位体比を分析し,丹生鉱山から得られたものをδ202Hgを-0.68±0.12(‰),大和水銀鉱山のものを-0.19±0.36(‰),水井鉱山のものを-0.51±0.47(‰)と報告している.本研究で得られた地下水のδ202Hgはこれらに近い数値を与える.すなわち,本研究の水銀は地質体由来の可能性が高い.辰砂のわずかに大きいδ202Hgは熱水から沈殿する際に重い水銀を濃縮した結果であると説明できる.本研究の地下水中のδ202Hgはそれよりわずかに小さいことから,分別を受ける前の流体の値を保持している可能性がある.
大阪平野周辺には活断層に沿って時おり,地下水中に水銀が検出されることがある.紀伊半島~四国に分布する水銀鉱床などと合わせると,水銀は地殻深部に由来する流体との関連が疑われる.今後,水銀同位体比を系統的に分析することで,水銀の起源とテクトニクスとの関連が明らかにできる可能性がある.