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[BPT06-06] 房総半島の中部更新統万田野層から産出したアシカ科鰭脚類(哺乳網:食肉目)の系統的位置とその意義
キーワード:更新世、北太平洋、上総層群、万田野層、アシカ科、系統解析
アシカ科(現生7属14種)は陸上と海洋の両方に生活圏を持つ半水生の食肉類である鰭脚類に属する。アシカ科はその他の鰭脚類(アザラシ科、セイウチ科)と比べて形態と大きさの性的二型を強く示し、雄は繁殖時に多数の雌を伴ってハーレムを形成するという生態的な特徴を持っている。現在、北半球に生息するアシカ科は3属3種で北太平洋沿岸に分布が限られるが、南半球では5属10種が南半球沿岸域に広く生息しており、その分布域の広さにおいてアシカ科の繁栄の中心は南半球沿岸にあると言える。しかしながら、アシカ科の化石記録は北太平洋地域から数や種ともに多く産出しており、またその分子系統解析結果も含めるとアシカ科の起源は15Maの北太平洋沿岸であることが推定されていることから、アシカ科の進化史においてはむしろ北太平洋沿岸域の方が重要であると考えられている。しかし、アシカ科の化石は産出数に比較してその報告は決して多くなく、系統解析に用いることができる保存状態の良い頭蓋化石も少ないため、その正確な進化史と適応放散過程については未だ論争のさなかにある。
近年、千葉県市原市に分布する中部更新統の海成層である万田野層(0.6 Ma)から、アシカ科のほぼ完全な二つの頭蓋化石が産出した(千葉県立中央博物館所蔵:CBM-PV 7616, 7617)。CBM-PV7616は顔面頭蓋の一部を欠くのみのほぼ完全な頭蓋標本である.一方、7617は顔面頭蓋を欠いているものの,脳頭蓋はほぼ完全に保存されている標本である。これらの化石はこれまでに日本の中部更新統から産出した鰭脚類化石の中でも例外的に保存状態がよく,頭蓋として産出した最初の標本となる。更新世は現在の動植物相が完成するに至る移行期であり、気候や海進海退のサイクルが大きく変動した時代でもあった。この時代にアシカ科の分布や各地域の生物相に大きな変化が見られ、他の海生哺乳類においても同じく大きな変化が見られることから、更新世はアシカ科の系統進化や適応放散について、特に現生のアシカ科の生物相や分布を考える上で重要な時代である。このような観点から,本研究ではこの二つの頭蓋化石を中心として化石種を含む北半球のアシカ科全てにおける系統的な位置を明らかにすると共に,北太平洋におけるアシカ科の進化史について考察した。
解析にあたっては,先行研究で用いられた形態形質を基に更新し、化石種から得られた形質情報も参考にして相互に関連し合っている形質の統合と削除,複合的形質の分解,定義の曖昧な形質あるいは定義の不確かな形質の再定義と削除を行い,頭蓋から得た132形質、体骨格から得た18形質の計150の形態形質を用いて,30の分類群について系統解析を行った。また、分子系統解析によって得られている現生鰭脚類の系統関係を制約樹として使用した。解析の結果、CBM-PV 7616は北米の中部更新統だけから知られていた絶滅種Proterozetes ulyssesと単系統を作った。CBM-PV 7616とP. ulyssesは吻部の最大幅が犬歯より後方であるという共有派生形質を持つが、互いに固有派生形質を持っていないことから、CBM-PV 7616はP. ulyssesと同一種であると考えられる。また、Eumetopias jubatus(トド)がP. ulyssesと上眼窩突起の形が四角形であること、上顎のP4とM1の間に広い歯隙があるという共有派生形質を持ち、姉妹群となった。一方CBM-PV 7617はZalophus californianus(カリフォルニアアシカ)とZalophus japonicus(ニホンアシカ)とで単系統を作った。これらは矢状稜が上眼窩突起の前方部まで発達するという共有派生形質を持つが、CBM-PV7617はどちらの種とも個々に共有派生形質を持っていないことや、それ自身が固有派生形質を持っていないことから,現時点では種を決定せずZalophus sp.に留めている。
本研究における系統解析結果と先行研究の化石の産出記録から、少なくとも中期更新世の北西太平洋沿岸域において生息していたアシカ科の種数は,現在の本州近海に生息する種数よりもはるかに多く、またその分布範囲もより南方に伸長していたことが明らかとなった。また、今回初めてその生息が明らかとなった絶滅種のP. ulyssesは,これまでのところ中期更新世の北太平洋からしか知られていないことは極めて興味深く、少なくともこの時代の鰭脚類相が現在よりも種数と分布の両方において多様性に富んでいたことを示している.
近年、千葉県市原市に分布する中部更新統の海成層である万田野層(0.6 Ma)から、アシカ科のほぼ完全な二つの頭蓋化石が産出した(千葉県立中央博物館所蔵:CBM-PV 7616, 7617)。CBM-PV7616は顔面頭蓋の一部を欠くのみのほぼ完全な頭蓋標本である.一方、7617は顔面頭蓋を欠いているものの,脳頭蓋はほぼ完全に保存されている標本である。これらの化石はこれまでに日本の中部更新統から産出した鰭脚類化石の中でも例外的に保存状態がよく,頭蓋として産出した最初の標本となる。更新世は現在の動植物相が完成するに至る移行期であり、気候や海進海退のサイクルが大きく変動した時代でもあった。この時代にアシカ科の分布や各地域の生物相に大きな変化が見られ、他の海生哺乳類においても同じく大きな変化が見られることから、更新世はアシカ科の系統進化や適応放散について、特に現生のアシカ科の生物相や分布を考える上で重要な時代である。このような観点から,本研究ではこの二つの頭蓋化石を中心として化石種を含む北半球のアシカ科全てにおける系統的な位置を明らかにすると共に,北太平洋におけるアシカ科の進化史について考察した。
解析にあたっては,先行研究で用いられた形態形質を基に更新し、化石種から得られた形質情報も参考にして相互に関連し合っている形質の統合と削除,複合的形質の分解,定義の曖昧な形質あるいは定義の不確かな形質の再定義と削除を行い,頭蓋から得た132形質、体骨格から得た18形質の計150の形態形質を用いて,30の分類群について系統解析を行った。また、分子系統解析によって得られている現生鰭脚類の系統関係を制約樹として使用した。解析の結果、CBM-PV 7616は北米の中部更新統だけから知られていた絶滅種Proterozetes ulyssesと単系統を作った。CBM-PV 7616とP. ulyssesは吻部の最大幅が犬歯より後方であるという共有派生形質を持つが、互いに固有派生形質を持っていないことから、CBM-PV 7616はP. ulyssesと同一種であると考えられる。また、Eumetopias jubatus(トド)がP. ulyssesと上眼窩突起の形が四角形であること、上顎のP4とM1の間に広い歯隙があるという共有派生形質を持ち、姉妹群となった。一方CBM-PV 7617はZalophus californianus(カリフォルニアアシカ)とZalophus japonicus(ニホンアシカ)とで単系統を作った。これらは矢状稜が上眼窩突起の前方部まで発達するという共有派生形質を持つが、CBM-PV7617はどちらの種とも個々に共有派生形質を持っていないことや、それ自身が固有派生形質を持っていないことから,現時点では種を決定せずZalophus sp.に留めている。
本研究における系統解析結果と先行研究の化石の産出記録から、少なくとも中期更新世の北西太平洋沿岸域において生息していたアシカ科の種数は,現在の本州近海に生息する種数よりもはるかに多く、またその分布範囲もより南方に伸長していたことが明らかとなった。また、今回初めてその生息が明らかとなった絶滅種のP. ulyssesは,これまでのところ中期更新世の北太平洋からしか知られていないことは極めて興味深く、少なくともこの時代の鰭脚類相が現在よりも種数と分布の両方において多様性に富んでいたことを示している.