日本地球惑星科学連合2016年大会

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口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT08] 化学合成生態系の進化をめぐって

2016年5月26日(木) 13:45 〜 15:15 301A (3F)

コンビーナ:*ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域自然システム学系)、渡部 裕美(海洋研究開発機構)、延原 尊美(静岡大学教育学部理科教育講座地学教室)、間嶋 隆一(国立大学法人横浜国立大学教育人間科学部)、座長:ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域自然システム学系)、渡部 裕美(海洋研究開発機構)

14:15 〜 14:30

[BPT08-03] 棘皮動物の骨格形成に及ぼす冷湧水メタンの影響

*加藤 萌1大路 樹生2白井 厚太朗3鵜沼 辰哉4 (1.名古屋大学大学院環境学研究科、2.名古屋大学博物館、3.東京大学大気海洋研究所、4.国立研究開発法人水産総合研究センター北海道区水産研究所)

キーワード:冷湧水、棘皮動物、化学合成群集、バイオミネラリゼーション

近年,化学合成生態系に属すると考えられる現生,化石棘皮動物が報告されるようになってきた (Pawson and Vance, 2004; Gaillard et al., 2011; Landman et al., 2012) ことを受け,冷湧水域における棘皮動物の古生態を明らかにする目的で,アメリカ・サウスダコタ州および北海道の上部白亜系冷湧水炭酸塩岩露頭にて,棘皮動物化石の産状・形態の観察,採集を行った.また,冷湧水メタンと化石棘皮動物の代謝的な関わりを調べる為に,化石棘皮動物の骨格中の炭素安定同位体比(δ13C)を測定した.その結果,サウスダコタの化石ウミユリ,北海道の化石ウミユリ共に,通常環境の棘皮動物化石骨格中のδ13C値よりも明らかに低い値を示し,δ13C値の低い冷湧水メタンの影響を受けている可能性が強く示唆された (Kato and Oji, 2015).しかし冷湧水環境で棘皮動物の骨格のδ13C値が低くなるメカニズムについては分かっておらず,各棘皮動物がどのような形で冷湧水メタンの影響を受けていたのかは解明できていない.
殻を持つ多くの海洋生物が,海水中から二酸化炭素(炭酸イオン)とカルシウムを取り込み,海水と概ね同位体平衡に殻を形成する (Epstein et al., 1951).冷湧水域においても,化学合成生態系に属する二枚貝類の殻のδ13C値は±5‰前後の値を示すものが多い (e.g. Mae et al., 2007) .棘皮動物の骨格(殻)は,高Mgカルサイトで形成されているが,δ13C値は海水と同位体平衡にはならないことが知られており,また分類群や種によって値が異なることも報告されている (e.g. Weber, 1968) .その原因として,バイタルエフェクトによる同位体分別が起こっている可能性,骨格形成の際の炭素源が海水からだけではない可能性等が考えられるが,はっきりとした理由は判っていない.
そこで,棘皮動物の骨格形成の際に,餌と海水の炭素同位体比がどのように影響するか,また,どの程度同位体分別が起こるかを調べる目的で,現生ウニを用いた飼育実験を行った.体重25~1200mgのエゾバフンウニ (Strongylocentrotus intermedius)を用い,δ13C値が異なる餌料を与えた場合,溶存無機炭素(DIC)のδ13C値が異なる海水中で飼育した場合のそれぞれについて,約1ヵ月間の飼育後に殻のδ13C値を測定した.
その結果,飼料および海水のいずれのδ13Cを調節した場合においても,殻のδ13C値の変化が確認された.従って,棘皮動物は骨格形成の際に海水と餌の炭素同位体比の両方から影響を受けることが初めて示唆された.棘皮動物の骨格形成過程は,他の二枚貝類等の殻を持つ海洋生物とは異なる可能性が高い.また,冷湧水域に生息していた棘皮動物は,その環境に豊富にあるδ13C値の低いバクテリアマットやデトリタス等を摂餌していたか,あるいは体内に細菌を共生させ,細菌が固定した炭素を取り込み,骨格を形成していた可能性が考えられる.