15:30 〜 16:45
[BPT08-P03] 浅海鯨骨生態系の変遷:九十九湾における水槽および天然環境における鯨骨群集形成実験
キーワード:鯨骨群集、生態系、還元環境
海底に沈んだ鯨類の遺骸の周囲には「鯨骨群集」と呼ばれる生物群集が形成される(Smith, 1989; Nature).鯨骨群集は,遺骸の腐敗の進行などにともなって構成種が遷移することが知られている(Smith and Baco, 2003).しかし,群集の基礎をなす微生物と骨の関係を含めた生態系変遷の詳細は明らかになっていない.これは一般的な潜水艇を用いた海洋調査では,断片的な時間軸でしか観察できず,また,もろい微生物マットを乱さずに観察することが困難であることによる.これらの問題を解決すべく,本研究では天然環境に限りなく近い水槽をつくり,(1)鯨骨群集形成実験系を確立する,(2)確立した系で微生物マットに着目した生態系変遷を明らかにする,ことを目的とし研究を進めた.
また,鯨骨群集やそれに類する群集は化石においても報告されており,骨に残された微生物痕などから化石鯨類や,中生代の首長竜類の遺骸に形成された微生物マットについてたびたび議論されている(Danise et al., 2012など).しかし,現生における骨に残された微生物痕の詳細は不明な点が多く,古生物学的に応用する基礎データが少ない.そこで,(3)上記の実験系を利用して,化石への応用を目指し特に骨に残されうる生物活動痕がいつ,どこで形成されるか明らかにする,ことを第三の目的とした.
実験概要及び手法:能登半島九十九湾に面した金沢大学臨海実験施設内の“天然海水かけながし水槽”を利用し,その水槽内において鯨骨を設置して時系列観察を実施した.なお,九十九湾の天然環境にも鯨骨を設置して適宜引き上げと観察を行い,水槽実験が天然を模しているか確認した.設置した期間は水槽内実験では約1年間,天然環境では約1年11ヶ月である.また,水槽実験では断続的なサンプリングのために椎骨を切り分けた“チップサンプル”も用意して設置した.
水槽実験におけるチップサンプル,天然環境及び水槽内設置した椎骨は断続的に回収し,骨表面や内部の観察を行った.また一部の微生物についてはDAPI染色を施し蛍光顕微鏡で観察した.
結果・考察
【鯨骨の時系列変化】開始後数日の間に,硫化水素と思われるガスの発生,鯨骨の浮上が起きた.これは骨内有機物の硫酸還元菌による分解で硫化水素ガスが発生し,それにより鯨骨に浮力が生じたと考えられる.
開始後約1週間に,鯨骨周辺では複数のタイプの微生物マットを確認した.この中で白色マットは細胞内に顆粒を含む繊維状の原核生物からなり,緑色マットは緑藻類から構成されていた.繊維状原核生物内の顆粒はEDX分析により硫黄であることが明らかとなった.このことから白色の繊維状原核生物は硫黄酸化細菌であることが推定される.
骨周辺にはツリガネムシ類(Zoothamnium niveum),ガラスシタダミ科腹足類(Xenoskenea sp.)などが見られた.Z. niveumは硫黄酸化細菌を外部共生する生物である(Kawato et al., 2010).このことからZ. niveumの出現から化学合成生態系が成立したと考えられる.X. sp. は骨表面に繁茂する微生物マットを摂食し,さらに骨周辺で繁殖も行っていた.また天然環境に放置した鯨骨には固着性のフジツボ類が見られた.鯨骨が固着基盤として利用されていたと考えられる.さらにチップサンプルを観察すると鯨骨に元々存在する穴には線虫類や多毛類が見られた.これらの生物は鯨骨内の有機物を摂食していると思われる.
これらの結果から浅海域による鯨骨遺骸の遷移を検討する.まず骨の周りの肉が取り除かれ,骨内から硫酸還元により硫化水素が発生し鯨骨自体も浮上する.その後沈降し,速やか化学合成生態系が成立する.加えて緑藻類も鯨骨にマット形成する.続いて鯨骨表面に繁茂したマットや,鯨骨内の有機物を摂食する生物が出現する.海水にさらされている箇所は穿孔痕が形成される.最終的に固着性基盤として利用される.
【骨に残された微生物活動痕】水槽内から10ヶ月以降に回収した骨の表面にはマイクロサイズの微小穿孔痕があった.これらの穿孔痕は海水にさらされていた鯨骨上部のみに認められ,堆積物に埋没していた鯨骨の下部には見られなかった.これは海水にさらされる比較的酸化的な環境にのみ生息する微生物によって形成されたと考えられる.森谷(2014,金沢大学卒業論文)は首長竜の骨上部に顕著に観察された微小穿孔痕にもとづいて骨上部が海水に露出していたと推定したが,本研究結果はこの推定結果を支持する.
まとめ
水槽内において鯨骨群集の形成に成功し,この水槽実験を利用して微生物マットに着目した鯨骨生態系の変遷を明らかにすることができた.また骨化石に残された微生物痕が堆積物への埋没範囲の指標となることを明らかにした.
また,鯨骨群集やそれに類する群集は化石においても報告されており,骨に残された微生物痕などから化石鯨類や,中生代の首長竜類の遺骸に形成された微生物マットについてたびたび議論されている(Danise et al., 2012など).しかし,現生における骨に残された微生物痕の詳細は不明な点が多く,古生物学的に応用する基礎データが少ない.そこで,(3)上記の実験系を利用して,化石への応用を目指し特に骨に残されうる生物活動痕がいつ,どこで形成されるか明らかにする,ことを第三の目的とした.
実験概要及び手法:能登半島九十九湾に面した金沢大学臨海実験施設内の“天然海水かけながし水槽”を利用し,その水槽内において鯨骨を設置して時系列観察を実施した.なお,九十九湾の天然環境にも鯨骨を設置して適宜引き上げと観察を行い,水槽実験が天然を模しているか確認した.設置した期間は水槽内実験では約1年間,天然環境では約1年11ヶ月である.また,水槽実験では断続的なサンプリングのために椎骨を切り分けた“チップサンプル”も用意して設置した.
水槽実験におけるチップサンプル,天然環境及び水槽内設置した椎骨は断続的に回収し,骨表面や内部の観察を行った.また一部の微生物についてはDAPI染色を施し蛍光顕微鏡で観察した.
結果・考察
【鯨骨の時系列変化】開始後数日の間に,硫化水素と思われるガスの発生,鯨骨の浮上が起きた.これは骨内有機物の硫酸還元菌による分解で硫化水素ガスが発生し,それにより鯨骨に浮力が生じたと考えられる.
開始後約1週間に,鯨骨周辺では複数のタイプの微生物マットを確認した.この中で白色マットは細胞内に顆粒を含む繊維状の原核生物からなり,緑色マットは緑藻類から構成されていた.繊維状原核生物内の顆粒はEDX分析により硫黄であることが明らかとなった.このことから白色の繊維状原核生物は硫黄酸化細菌であることが推定される.
骨周辺にはツリガネムシ類(Zoothamnium niveum),ガラスシタダミ科腹足類(Xenoskenea sp.)などが見られた.Z. niveumは硫黄酸化細菌を外部共生する生物である(Kawato et al., 2010).このことからZ. niveumの出現から化学合成生態系が成立したと考えられる.X. sp. は骨表面に繁茂する微生物マットを摂食し,さらに骨周辺で繁殖も行っていた.また天然環境に放置した鯨骨には固着性のフジツボ類が見られた.鯨骨が固着基盤として利用されていたと考えられる.さらにチップサンプルを観察すると鯨骨に元々存在する穴には線虫類や多毛類が見られた.これらの生物は鯨骨内の有機物を摂食していると思われる.
これらの結果から浅海域による鯨骨遺骸の遷移を検討する.まず骨の周りの肉が取り除かれ,骨内から硫酸還元により硫化水素が発生し鯨骨自体も浮上する.その後沈降し,速やか化学合成生態系が成立する.加えて緑藻類も鯨骨にマット形成する.続いて鯨骨表面に繁茂したマットや,鯨骨内の有機物を摂食する生物が出現する.海水にさらされている箇所は穿孔痕が形成される.最終的に固着性基盤として利用される.
【骨に残された微生物活動痕】水槽内から10ヶ月以降に回収した骨の表面にはマイクロサイズの微小穿孔痕があった.これらの穿孔痕は海水にさらされていた鯨骨上部のみに認められ,堆積物に埋没していた鯨骨の下部には見られなかった.これは海水にさらされる比較的酸化的な環境にのみ生息する微生物によって形成されたと考えられる.森谷(2014,金沢大学卒業論文)は首長竜の骨上部に顕著に観察された微小穿孔痕にもとづいて骨上部が海水に露出していたと推定したが,本研究結果はこの推定結果を支持する.
まとめ
水槽内において鯨骨群集の形成に成功し,この水槽実験を利用して微生物マットに着目した鯨骨生態系の変遷を明らかにすることができた.また骨化石に残された微生物痕が堆積物への埋没範囲の指標となることを明らかにした.