日本地球惑星科学連合2016年大会

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口頭発表

セッション記号 G (教育・アウトリーチ) » 教育・アウトリーチ

[G-03] 地球惑星科学のアウトリーチ

2016年5月22日(日) 09:00 〜 10:30 101A (1F)

コンビーナ:*植木 岳雪(千葉科学大学危機管理学部)、長谷川 直子(お茶の水女子大学)、大木 聖子(慶應義塾大学 環境情報学部)、座長:小森 次郎(帝京平成大学)

09:30 〜 09:45

[G03-03] 東京大学教養学部自然科学博物館の半世紀

*萩谷 宏1 (1.東京都市大学知識工学部自然科学科)

キーワード:博物館、大学、自然科学、駒場

東京大学教養学部においては、1953年から自然科学博物館が組織され、2003年に別組織の美術博物館と統合されて駒場博物館として再出発するまで、専任の教職員を置かず、生物・地学・図学等の有志教員が運営する学内委員会の形で博物館組織が存在していた。この博物館の成り立ちと独自の運営について、特に地学分野についての活動を紹介する。
箱もの行政、という言葉があるが、この自然科学博物館は1978年まで専用の展示室すらもたず、あちこちの空き部屋に標本を押し込んだ、いわばバーチャルな博物館として最初の四半世紀を過ごした。標本は第一高等学校時代からの教育標本や、新制大学として出発した際に整備した購入標本をもとに、教員の研究で使用した標本・採集物の中で講義や実習に使える標本が、少しずつ蓄積されていき、その一部は実際に講義で活用された。展示室を得てからも、原則的に常設展示は行われず、学園祭時期や、教員が企画する特別展など、不定期の公開にとどまっていた。そこには、教育のための実物標本の収蔵と管理、活用の場としての位置づけが見て取れる、また、長期休暇期間の地学(宇宙地球科学)教室主催の学生向け地学見学旅行などの行事や、地文研究会などの学生サークルとの結びつきも強く、それらの課外教育の拠点のひとつとして機能していた可能性がある。それらの活動は特有のリベラリズムと熱心な地学教員の努力なしには維持されなかったであろう。「駒場博物館」成立までの50年の歴史を通じて、この博物館の活動そのものが、「博物館は人がつくる」ということを、自ら主張することはなかったが、常に明らかにしていたように思われる。
研究よりも教育に重点を置いた大学博物館の構想がどのように生まれたのか、当時の産業状況や教員の履歴などの背景を眺めながら、この博物館の日の当たらない半世紀について振り返りたい。また、地学における現場・実物教育が困難になった時代に、この大学博物館の在り方に掘り起こすべき現代的意義はないか、問いかけたい。