日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT21] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

2016年5月24日(火) 15:30 〜 17:00 101A (1F)

コンビーナ:*陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)、座長:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)

15:45 〜 16:00

[HTT21-14] 森林土壌における火山灰からのCa供給〜Sr同位体比を用いた寄与推定〜

★招待講演

*越川 昌美1渡邊 未来1申 基澈2中野 孝教2 (1.国立研究開発法人国立環境研究所、2.総合地球環境学研究所)

キーワード:Ca供給源、Sr同位体、大気降下物、土壌、植物、渓流水

土壌中のCa は、イオン交換反応によって酸性物質を中和する作用を持つ。そのため、Ca 供給能が高い土壌が分布する森林集水域では、生態系の酸性化に伴う渓流水のpH 低下やアルミニウムの溶出が抑制される(Koshikawa et al., 2007)。また、Ca は樹木など生物にとって必須元素であるため、土壌中Ca は養分供給の観点からも重要である。例えば、Ca 供給能の低い欧米の森林では、酸性降下物によってCa が土壌から過剰流出した結果、Ca 欠乏による樹木の成長抑制と森林衰退が問題となった(Cronan and Grigal, 1995)。しかし日本の森林では、酸性降下物による森林全体の成長抑制は認められていない(環境省, 2014)。その理由の1つとして、早くから指摘されてきたことに、土壌に含まれる火山灰の高いCa 供給能がある(林ら, 1995)。日本の森林土壌には、数千〜数万年前の大規模な火山活動で降下した火山灰が広く混入している。火山灰は、粒度が細かく比表面積が大きいため、基盤岩と比較して風化速度が速い(若松ら, 2006)。そのため土壌中の火山灰は、森林生態系のCa 循環において、重要なCa 供給源となっている可能性が高い。しかし、その根拠は定性的なものであり、渓流水や植物に含まれるCa に対する火山灰起源Ca の寄与評価は、国内外を問わず報告されていない。その最大の原因は、火山灰起源Ca の識別の難しさにある。森林集水域内に火山灰が存在しても、その分布は地形等の影響を受けて不均一であり、また、火山灰の元素組成は一般的な火成岩とほぼ同じである。その結果特に、火山灰起源Ca と基盤岩起源Ca を実測により分離することが困難であった。
Bailey et al.(1996)は、北米の花崗岩集水域において、SrとCa の動態が類似している(降水・植物・土壌・渓流水のSr/Ca 比がほぼ一定の状態で循環している)ことを示したうえで、植物や渓流水に含まれるCa の起源が、降水と花崗岩の2成分系である場合、Sr 同位体比を用いることで起源別寄与率を算出できることを示した。演者らは、このSr 同位体比を用いた方法を、茨城県筑波山の花崗岩集水域に適用し、火山灰・基盤岩・降水の3成分系において渓流水中Ca の起源を解析することを試みた(Koshikawa et al., in press)。
Sr同位体比分析は,総合地球環境学研究所に設置されている表面電離型質量分析装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック,TRITON)を用いて行った。降水と渓流水の濾液は0.2-0.5μg Srに相当する量を,植物と土壌の酸分解液は1-2μg Srに相当する量をテフロンビーカーで乾固した後,2Mの高純度塩酸0.5mlに溶解し,Na et al. (1995)のカチオン交換カラム法でSrを分離抽出した後,表面電離型質量分析装置に導入した。標準試料として用いたNBS987 (SrCO3)の分析値は,本研究の測定期間を通じて,87Sr/86Sr =0.710246±0.000018であった。測定で得られた値はNBS987を0.710250として規格化した。
対象とした集水域の上流、中流、下流において渓流水のSr同位体比を分析した結果を、SrおよびCaの供給源と考えられる降水・花崗岩・火山灰(約3万年前に赤城山の噴火に伴って筑波山地域に降下した火山灰)のSr同位体比と比較し、渓流水中Srの起源(Caの起源も同様と考えられる)を解析した。その結果、火山灰由来Srの寄与は上流地点で高く、流下に伴って低下した。植物中Srの起源も、上流域の緩斜面で火山灰由来Srの寄与が高い傾向を示した。上流地点では、集水域内の緩斜面の土壌がSrおよびCaの供給能が高い火山灰を多く含むため、渓流水中のSrおよびCaの濃度が高いと考えられた。
これまで、土壌中における火山灰の機能に関する研究は、有機物やイオウに対する吸着保持作用を調べたものに限られている(Imaya et al., 2010; Tanikawa et al., 2013)。これに対し本研究は、全く異なる視点からCa供給源として火山灰に着目している。本研究で試みたCa起源解析が広く実施されれば、「日本の多くの土壌が欧米の土壌よりも酸耐性が高いのは火山灰の効果である」という基礎的かつ未解明な問題を明らかにすることが出来る。したがって本研究の成果は、森林生態系におけるCa動態解明に貢献するだけでなく、越境大気汚染や窒素飽和など、森林生態系が抱える様々な問題の影響解明研究への貢献も期待できる。