日本地球惑星科学連合2016年大会

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ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT21] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

2016年5月24日(火) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)

17:15 〜 18:30

[HTT21-P07] 硫黄同位体比を用いた日本における人為起源硫酸イオン沈着量の時空間変動

*猪股 弥生1斎藤 辰善1諸橋 将雪1山下 尚之1,2佐瀬 裕之1大泉 毅1,3高橋 克行4兼保 直樹5船木 大輔6岩崎 綾7中込 和徳8城間 朝彰7山口 高志9 (1.アジア大気汚染研究センター、2.森林総研、3.新潟県保健環境科学研究所、4.日本環境衛生センター、5.産総研、6.島根県保健環境科学研究所、7.沖縄県衛生環境研究所、8.長野県環境保全研究所、9.北海道立総合研究機構)

キーワード:硫黄同位体比、降水、越境輸送

[緒言]
硫黄同位体比は、発生源によって異なった値を示すことから、環境試料と発生源の硫黄同位体比を比較することにより発生源寄与を定量的に評価できる指標成分として大きな利点を有している。本研究では、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)の観測網を使用し、降水の硫黄同位体比の測定を行っている。本発表では、降水の硫黄同位体比の時空間変化をもとに、越境輸送による人為起源硫酸イオン沈着量の日本における時空間変動を見積もった。
[観測及び分析]
2014年以降、降水試料の採取を、利尻、竜飛岬、落石、新潟加治川、佐渡関岬、新潟巻、東京、八方、伊自良、隠岐、辺戸岬、小笠原において行っている。試料採取期間は、サイトにより異なるが、2週間、1カ月、季節(1年を4区分した各期間;1-2月、4-6月、7-9月、11-12月)毎である。硫黄同位体比の測定は、サーモフィッシャー社製質量分析計(NCS2500, Conflo II, Delta-Plus)を用いている。標準物質はCDT(Canyon Diablo Troilite)を使用し、分析精度は標準偏差で±0.16‰であった。非海塩硫黄同位体比は、ナトリウムイオンが海塩起源であると仮定して算出した。
[結果と考察]
日本海沿岸に位置するモニタリングサイト(利尻、佐渡関、新潟巻、新潟加治川、隠岐)における非海塩硫黄同位体比(例えば新潟加治川 +2-+4.9‰)は、冬季に高く、夏季に低い、明瞭な季節変化を示した。同様な季節変化は、太平洋側に位置する東京や伊自良でも観測されたが(東京 -0.73-+4.0‰)、その値や季節変動の振幅は、日本海側のモニタリングサイトと比較して小さかった。中国における硫酸イオンの主な発生源は石炭(0-15‰,Xiao et al., 2011)、一方、日本における硫酸イオンの主要な発生源である石油の値はマイナス値(-2.7‰、Ohizumi et al.,1997)である。さらに中国中央部の大都市で観測された粒子中硫黄同位体比は4.5±1.3‰であると報告されている(Li et al., 2013)。これらのことから、日本海側と太平洋側に位置するモニタリングサイトにおける降水中の非海塩硫黄同位体比やその季節振幅の違いは、アジア大陸から越境輸送起源の硫酸イオンに、日本国内発生源由来の硫酸イオンが付加されていることを示唆しているものと考えられる。
山岳モニタリングサイトである八方(標高1850m)では、春季に観測されたいくつかの試料を除くと、ほぼ一定の値(4.7±1.2 ‰)であった。このことから、八方で観測される降水中の硫酸イオンは、地表の日本国内発生源の寄与が少ない、越境輸送由来であるものと考えられた。
太平洋上の離島である小笠原における硫黄同位体比は、春―夏季に高く、冬季に低い季節変動をしていた(+0.74-+17‰)。春―夏季における高い硫黄同位体比は、生物起源の可能性がある。
降水中の硫酸イオンの主な起源を、海塩、越境輸送、ローカル(国内発生源、生物、火山も含む)と仮定して、マスバランスモデルから推定した各起源からの寄与率を推定した。この結果、日本海沿岸で観測された越境輸送に由来する硫酸イオンの沈着量(例えば、新潟加治川 1.1-20 mg/m2/day)は、太平洋沿岸域における越境輸送起源の硫酸イオン沈着量(例えば、東京0.03-6.7 mg/m2/day)の2-3倍大きいことが明らかになった.
[参考文献]
Li, X., Bao, H., Gan, Y., Zhou, A., Liu, Y. 2013. Multiple oxygen and sulfur isotope compositions of secondary atmospheric sulfate in a mega-city in central China, Atmospheric Environment, 81, 591-599.
Ohizumi, T., Fukuzaki, N., Kusakabe, M., 1997. Sulfur isotopic view on the sources of sulfur in atmospheric fallout along the coast of the sea of Japan, Atmospheric Environment, 31, 13339-1348.
Xiao, H.Y., Liu, C-Q., 2011. The elemental and isotopic composition of sulfur and nitrogen in Chinese coals, Organic Geochemistry, 42, 84-93.