10:15 〜 10:30
[MAG24-06] 大気圏核実験で降下した放射性セシウムは森林土壌にどの程度留まっているか
キーワード:セシウム、森林土壌、インベントリ
福島第一原発事故により森林に降下した137Csは、その化学的性質(鉱物粒子への吸着)あるいは東電福島第一原発事故により汚染された陸上の除染の困難さが示すように、長期に渡り森林生態系内に留まると予想される。その長期的な移動の予測に資するため、過去60年間の大気圏核実験で森林域に降下した放射性セシウム(137Cs)が森林土壌にどの程度留まっているかを検証した。原発事故前に日本全国316地点(各地点4断面)で3層の深さ(0-5,-15,-30cm)から採取された森林土壌試料中の137Csを、NaIシンチレーションカウンターを用いて測定した。この測定で得られた単位面積あたりの森林土壌中の137Cs蓄積量(以下、蓄積量)を全国の管区気象台で測定された137Cs累積降下量と比較した。日本の森林域の蓄積量は1.7 ± 1.4 kBq m–2(2008年10月1日時点)であったが地理的変動が極めて大きく、測定点数が限られた管区気象台の放射壊変を補正した累積降下量(2.4±0.8 kBq m–2, n=7)と単純な比較はできない。全国スケールの蓄積量分布は気象条件による初期降下量の多寡を反映したものと考えられる。初期降下量の空間変動を考慮した上で森林域の蓄積量と管区気象台の累積降下量を比較するため、気象条件を説明要因とした蓄積量推定モデルを作成した。使用した気象要素は降水量平年値、圏界面高度の垂直変動、大気圏核実験ピーク期の特殊降雨イベントの3種類である。降水量が137Cs降下量と正の相関があることはよく知られている。圏界面高度の垂直変動は対流圏内の大気中137Cs濃度に影響を及ぼし、圏界面高度の上昇局面において成層圏内に滞留する137Csが対流圏内に移流するとされる。大気圏核実験による核分裂総量(あるいは爆発総量)は1962年が最大で1958年がそれに次いで多く、その影響は日本において1963年上半期および1959年における月間降下量の高さとして顕れている。1962年12月-1963年6月の降下量は成層圏および対流圏中の137Cs濃度の高さを反映して、降水量に比して極めて多い傾向が認められ、この時期の特殊降雨イベントは降水量平年値では説明できない地域間の初期降下量のばらつきの原因となった可能性がある。1963年の梅雨は東北日本海側と西日本で平年の2倍を超える多雨の年であり、1962-1963年の冬には北陸や九州北部で記録的な豪雪(三八豪雪)が記録されている。降水量平年値のうち冬季降水量(10月−2月)は東北日本海側と北陸で大きい蓄積量分布傾向をよく説明していた。冬季降水量を固定効果、調査地点を変量効果に指定した一般混合モデルを作成した(モデル1)。2014年の圏界面高度観測結果を0.5度メッシュに外挿した日単位の圏界面高度データセットを用いて、1日間隔および2日間隔の高度差分データを作成し、圏界面高度の上昇局面における垂直変動の程度や頻度を各メッシュにおいて月単位で算出した。各月の著しい圏界面上昇イベント(差分値1500m以上)出現回数を1日間隔差分値と2日間隔差分値の双方で算出し、主成分分析の第一主成分を総合的な指標として用いた。この指標を説明変数として追加した蓄積量推定モデル(モデル2)では冬季降水量のみのモデル1では過小評価となっていた秋田や北九州、過大評価となっていた沖縄や東海地方における推定精度が良化した。特殊降雨イベントの影響解析のため、1950-1964年のアメダス観測地点月降水量をスプライン補間で外挿した0.1度メッシュデータセットを作成した。特殊降雨イベントとして1962年12月-1963年2月の降水量を説明要因に加えたモデル(モデル3)では、三八豪雪の影響を受けた地域である秋田・佐賀・長崎・福井などの蓄積量過小評価が緩和された。以上の3つのモデルを用いて、森林の蓄積量が管区気象台の累積降下量と比較して有意に小さいか検討した。3つのモデルのいずれにおいても管区気象台と森林の間に有意な違いは認められず、森林域に降下した137Csはこの60年間は森林土壌の表層30cm以内に大部分が留まっていたと結論付けられる。