日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS17] 古気候・古海洋変動

2016年5月23日(月) 13:45 〜 15:15 A04 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、池原 実(高知大学海洋コア総合研究センター)、岡 顕(東京大学大気海洋研究所)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、北場 育子(立命館大学古気候学研究センター)、北村 晃寿(静岡大学理学部地球科学教室)、佐野 雅規(総合地球環境学研究所)、多田 隆治(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、中川 毅(立命館大学)、林田 明(同志社大学理工学部環境システム学科)、座長:入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)

15:00 〜 15:15

[MIS17-06] 日本の古気候学的事象に準拠したネズミ類ミトコンドリアDNAの進化速度の推定

★招待講演

*鈴木 仁1 (1.北海道大学地球環境科学研究院)

キーワード:ミトコンドリアDNA、進化速度、日本列島、アカネズミ類、第四紀氷期

ミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列の変異は生物の歴史を紐解く上で重要な指標となっており、その進化速度の把握は対象とする生物の自然史の時代背景を推察する上で重要である。その進化速度の推定には、標準年代の設定が必要であり、これまで一般的に化石情報を拠り所として進化速度の推定がなされてきた。しかしながら、信頼性の高い化石情報は全体的に乏しいのが実情である。また、mtDNAの進化速度は比較する時間のスケールにおいて一定の速度ではなく、比較する配列の分岐が短かければ短いほど早まるといった時間依存性を示すことが示唆されている。したがって、ほとんどの種においてmtDNAの進化速度の把握がなされていないのが実態である。そこで我々は現在、化石情報に頼らずに進化速度推定を行うために、精密な年代推定がなされている日本列島の古気候学的事象に着目し、そこに標準年代の設定をし、進化速度の推定を試みている。森林性のネズミ類において、2つの観点でmtDNAの進化速度の把握をめざしている。1つ目は、日本列島を含み、ユーラシアの温帯域に広く分布するアカネズミ類(Apodemus属)を対象とし、第四紀の環境変動に伴う集団動態の顕著な転換事象に着目することでmtDNAのチトクロームb遺伝子(Cytb)の時間依存的進化速度を把握する作業であrる。日本産アカネズミ類2種 (アカネズミA. speciosusおよびヒメネズミA. argenteus)のCytb配列(1,140 bp)において、地域集団の歴史的動態を解析したところ、北海道集団は両種とも比較的近年の「一斉放散」の状況があったことが示唆された。Cytb配列間の塩基置換数に相当するとされる放散指標値τ(タウ)は2.4-2.7であった。また、本州・四国・九州産アカネズミはそれよりも古い時代に一斉放散があったことが示唆された(τ= 9.4)。この一斉放散現象は、集団のボトルネック後の急速な集団サイズの拡大と関連することが明らかになっており、日本列島のコナラ属の花粉化石情報と照合した結果、それぞれ1万年前および13万年前の氷期最盛期のボトルネックおよび直後の温暖化に伴う集団サイズの拡大で説明でき、Cytbの進化速度はそれぞれ11%および3%(サイト/百万年)相当であることを最近報告した(Suzuki et al., 2015)。一方、ヒメネズミの地域集団のCytb配列を調査すると、一斉放散を証拠づける事象が6件認められ、τ値は、その大きさから3つのカテゴリー、1)3.9、2)5.6-5.7、3)7.8-8.1)に分けることができた。大陸産同属種においてデータベース上のCytb配列を解析した結果、A. agrarius (τ= 5.3)、A. flavicollis (τ= 5.0)およびA. sylvaticus (τ= 5.5)の3種において一斉放散事象が認められた。得られたτ値から、1万年前および13万年前の間に生じた事象であることが示唆された。さらに、これまで報告されている当該年代の本州中央部の花粉分析情報と照合した結果、広葉樹が針葉樹と入れ替わる時代が一斉放散の開始年代と考えると、1.5、5.3、8.3および11.5万年前のどこかで生じた一斉放散であることが想定された。τ値は直線上にプロットできると仮定すると、前述の3つのτ値グループは、それぞれ1.5、5.3および11.5万前に一斉放散が生じたものと考えることができた。観点の2つ目として、日本産アカネズミ(A. speciosus)の離島集団間の遺伝的距離に着目した。すなわち、佐渡、北海道、伊豆諸島、南西諸島の島嶼は現在120 m以上の深い海で隔離されており、島嶼間のネズミ類の移動は氷期最盛期に限定されていたと仮定し、Cytbの進化速度を算出した。その結果、13万年前から50万年前間においては3.0-2.7%でほぼ一定であることが示唆された。以上のように、アカネズミ属において、過去1万年〜50万年間のCytbの時間依存的進化速度曲線を提案することができた。今回得られた曲線はハツカネズミおよびクマネズミを含むネズミ亜科500種の進化的動態の把握に適用できる可能性を持っている。また、本研究は北海道を含め日本列島は地質学的事象に準拠した進化速度の推定を行う上で極めて重要な空間であることを示唆するものである。
参考文献: Suzuki Y, Tomozawa M, Koizumi Y, Tsuchiya K, Suzuki H (2015) Estimating the molecular evolutionary rates of mitochondrial genes referring to Quaternary Ice Age events with inferred population expansions and dispersals in Japanese Apodemus. BMC Evolutionary Biology, 15,187.