日本地球惑星科学連合2016年大会

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[O-03] 地球・惑星科学トップセミナー

2016年5月22日(日) 09:45 〜 11:30 国際会議室 (2F)

コンビーナ:*原 辰彦(建築研究所国際地震工学センター)、成瀬 元(京都大学大学院理学研究科)、関根 康人(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、座長:山田 耕(早稲田大学政治経済学術院)

10:20 〜 10:55

[O03-02] 金星探査機「あかつき」が拓く惑星大気科学の未来

★招待講演

*今村 剛1 (1.宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)

キーワード:金星、あかつき

2015年12月7日、探査機あかつきは金星に到着し、金星の衛星となった。周回軌道に入った直後にはさっそく紫外線や赤外線で精細な雲画像を得て、観測装置の健全性を確認した。あかつきは元々の予定では2010年12月に金星周回軌道に入るはずであったが、主エンジンの故障によりこれに失敗し、5年間にわたって太陽を周回していた。今回、破損した主エンジンに代わって姿勢制御用の小型エンジンを用いて金星に到達し、いよいよ観測のスタートラインに立った。我々は現在、探査機システムと観測装置の初期チェックを進めており、2016年4月には定常観測に移行することを目指している。
金星は太陽から約1億kmの距離(地球-太陽間の0.72倍)のところを公転している地球型惑星である。大きさは地球の0.95倍で、地球とほとんど同じと言って良い。これまでの探査によって明らかになった金星の素顔は地球とはかなり違ったものである。地表は460℃という灼熱の世界である。大気は主に二酸化炭素からなり、その量は大変多く、地表面気圧は90気圧(水深900 m相当)である。高度50-70 km付近には濃硫酸の雲が浮かび、惑星全体をおおう。上空では金星全体をとりまいて毎秒100 mに達する東風、スーパーローテーションが吹いている。このような環境がどのように作られ、どのようなバランスで維持されているのかを知ることが、地球型惑星の多様性を理解するための手がかりとなる。
スーパーローテーションは金星の大きな謎の一つであるとともに、太陽系の気象学の最大の謎である。地球気象学の常識では、偏西風や貿易風といった大規模な風には自転が関わっており、自転速度を大きく超える風が広範囲で吹くことは考えにくい。スーパーローテーションのメカニズムについては多くの研究があるが、数値モデルによる再現には未だ困難があり、観測データによる実証もなされていない。
濃硫酸の雲の維持メカニズムも重要課題である。硫酸は太陽紫外線をエネルギー源として、大気中の硫黄化合物から化学的に作られると考えられる。雲粒は重力で徐々に沈んでいくので、雲を維持するためには上層大気まで雲の原材料を常に運び上げていなければならないが、そのメカニズムはわかっていない。
雲の物性にも謎が多く、硫酸以外にも様々な成分が存在する可能性ある。雷放電から放射されたことをうかがわせる電波雑音が金星の近くでとらえられているが、暖かく乾燥した金星大気で地球の雷雲のメカニズムが働くことは考えにくい。金星の雷は雲の物性の手がかりとなる可能性がある。硫黄化合物は火山ガスとして供給されている可能性があるが、金星の現在の火成活動はほとんどわかっていない。
これらの謎に挑む「あかつき」は、前例のない観測戦略をとる。近金点高度1000-10000km、遠金点高度60金星半径、周期およそ10日の周回軌道上から、「ひまわり」などの地球気象衛星に似た多波長の連続撮像をえんえんと続けるのである。異なる波長で異なる高度の大気現象を動画として映し出すことにより、厚い大気層の内部の3次元の運動を映像化し、スーパーローテーションや硫酸雲形成のメカニズムといった謎に挑む。観測装置としては、可視光では見えない雲頂以下の大気や地表を見る近赤外カメラ、雲の温度をマッピングする中間赤外カメラ、硫酸雲の生成に関わる化学物質や上層雲を見る紫外カメラ、雷の発光をとらえる高速測光装置を搭載する。連続した雲画像からは雲追跡により風速場を求める。また、探査機と地上局を結ぶ電波で大気の層構造を調べる電波掩蔽観測により撮像観測を補完する。
今後は、スーパーローテーションへの寄与が予想されるいくつかの力学過程の構造の把握と定量化、雲形成に関わる大気循環の把握などを、まずは着実に進める。ここでは数値モデリングのチームとの連携も重要である。あかつきサイエンスチームには国内外からデータ解析や数値モデリングを行う多くのメンバーが参加している。加えて、世界初の多波長連続画像を用いた発見的な研究が期待される。金星の気象現象としてこれまでに同定されているものは、スーパーローテーションの他にはいくつかの限られた惑星規模の波動のみである。局所的で時間スケールの短い現象も含め、金星にどのような気象現象が存在し、それらがどのような階層構造をなして相互作用しているのかを明らかにすることが、気候システムの理解のために必須である。
地球以外の惑星においてこのような気象衛星を実現するのは「あかつき」が初めてのことだが、地球気象学における「ひまわり」の活躍を見ても明らかなように、これは惑星の流体圏への王道アプローチである。「あかつき」は新たな惑星研究のスタイルを構築するうえでの試金石でもある。