日本地球惑星科学連合2016年大会

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[O-05] 地球科学界と原子力発電の関係 ー浜岡原発を題材としてー

2016年5月22日(日) 09:00 〜 10:30 コンベンションホールB (2F)

コンビーナ:*金嶋 聰(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、橋本 学(京都大学防災研究所)、鷺谷 威(名古屋大学減災連携研究センター)、川勝 均(東京大学地震研究所)、末次 大輔(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター)、座長:末次 大輔(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター)、橋本 学(京都大学防災研究所)

09:30 〜 09:55

[O05-02] 静岡県沿岸の完新世後半の地殻変動と津波に関する新知見

★招待講演

*藤原 治1 (1.産業技術総合研究所地質調査総合センター)

キーワード:南海トラフ、古地震、静岡、古津波

駿河湾西岸から御前崎を回って,遠州灘沿いに浜名湖周辺までの海岸低地で行った掘削調査によって分かってきた,完新世後半の地殻変動と津波堆積物について報告する.この地域では安政東海地震に伴って,駿河トラフ軸に近い東側の駿河湾沿岸から御前崎周辺が隆起し,西側の浜名湖周辺が沈降したことが知られている.一方,明治以降の水準測量から知られる隆起・沈降のパターンは,これとは逆に東側が沈降,西側が隆起である.この逆センスの変動は,上盤プレートでの地震間のひずみの蓄積と東海地震に伴うリバウンドと解釈される.この地震時と地震間の変動は,ほぼ相殺しているように見え,それを説明するように東海地震の断層モデルが考えられている.これは,駿河湾から日本列島の下に沈み込んだフィリピン海プレートの上面に一つの震源域を置くことで近似されている.
しかし,かつての海面高度を示す地層の現在の高度分布から推定される完新世後半の隆起・沈降の分布は,上記の変動パターンとは合わないことが分かってきた.過去数千年の累積でみると,御前崎南岸の白羽周辺の隆起が顕著である(最大1.5 m/1000年;Fujiwara et al., 2010).しかし,隆起速度は駿河トラフの軸に沿った方向へ急減する.白羽から2 km足らず北方では約0.7 m/1000年(Fujiwara et al., 2010)であり,約10 km北方の相良町では隆起が殆ど見られないかむしろ沈降傾向を示す.さらに約6 km北方の榛原町でも隆起は殆ど見られない.
御前崎から遠州灘沿いに西方(およそプレートの沈み込み方向)へも,累積隆起量は減少傾向を示す。白羽から10 km余り西方の菊川低地では,隆起速度は約0.4 m/1000年(鹿島ほか,1985)と小さく,さらに15 km余り西方の太田川低地では顕著な沈降(約1 m/1000年)に転じる(藤原ほか,2015).太田川低地から20 km余り西方の浜松市西部でも,過去5000-6000年の間では,顕著な沈降(約1 m/1000年)の累積が認められる(藤原ほか,2014).
完新世の地層が示す変動パターンが東海地震の断層モデルと異なる点は,まず,御前崎南岸の顕著な隆起が挙げられる.ここだけが周辺地域に比べて大きく隆起しており,従来の東海地震モデルのような一つの大きな断層面が動くだけでは説明できそうにない.プレート間の大きな断層面のすべりだけでなく,上盤プレート内の高角副断層の動きなどを考える必要がある.太田川低地から浜松市西部にかけての大きな沈降の累積も,従来の東海地震のモデルでは説明が難しい.また,浜松市西部の大きな沈降は,沖積平野の背後に後期更新世の台地があり,地形から見るとこの地域が長期的には隆起傾向にあることと矛盾する.千年オーダーと万年オーダーで地殻変動の傾向が異なる理由は不明である.
津波堆積物やその能性がある堆積層は,静岡県沿岸でも報告が増えてきたが,まだ個々の津波の規模を復元するには至っていない.浜松市西部で海岸の地形発達を考慮したうえで,当時の海岸から津波堆積物が内陸へどの程度広がっているかを復元した結果(藤原ほか,2013)では,過去4000年間程度については,相対的な規模の大小はあるようであるが,東北地方太平洋沖地震を受けて内閣府が発表した「最大クラスの地震・津波」に相当するような特別に大きな津波の痕跡は見つかっていない.
以上のように,地層記録からは静岡県沿岸の地殻変動と津波について,従来の我々の理解とは異なる情報が得られつつある.これは南海トラフで起きる地震の規模や再来間隔の多様性を考えるうえで重要になると思われる.
文献
藤原 治(2014).日本第四紀学会講演要旨集,44,S3-02.
Fujiwara, O., et al., 2010. Island Arc, 19, 374-388.
藤原 治ほか(2013)日本地震学会講演予稿集2013年度秋季大会.D21-04.
藤原 治ほか(2015)第四紀研究,54, 11-20.
鹿島 薫ほか(1985)第四紀研究,24, 45-50.