日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

ポスター発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS13] 月の科学と探査

2016年5月22日(日) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*長岡 央(早稲田大学先進理工学部)、諸田 智克(名古屋大学大学院環境学研究科)、本田 親寿(会津大学)、西野 真木(名古屋大学宇宙地球環境研究所)

17:15 〜 18:30

[PPS13-P06] 月隕石に記録された水に富む月の上部マントル

*鹿山 雅裕1中嶋 悟2富岡 尚敬3瀬戸 雄介1大谷 栄治4Fagan Timothy5長岡 央6小澤 信4関根 利守7宮原 正明7三宅 亮8福田 惇一9留岡 和重1市村 隼1松本 恵1鈴木 康太1Götze Jens10 (1.神戸大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻、2.大阪大学理学研究科宇宙地球科学専攻、3.海洋研究開発機構高知コア研究所、4.東北大学大学院理学研究科地学専攻、5.早稲田大学教育学部地球科学専修、6.早稲田大学先進理工学部、7.広島大学大学院理学研究科地球惑星システム学専攻、8.京都大学大学院理学研究科地球惑星学専攻地質学鉱物学教室、9.Department of Geology and Geophysics, Texas A&M University、10.TU Bergakademie Freiberg, Institute of Mineralogy)

キーワード:月、月のマントル、月隕石、マントルの含水量、赤外吸収分光、プロセラルム盆地

アポロ計画以来、月回収試料を対象とした全岩分析から月は表面から内部に至るまで水に枯渇(<1 ppb)した天体と考えられてきた。しかし近年、月回収試料および月隕石に含まれる二次鉱物の質量分析から大量の水酸基が検出され、水に富む月のマントルモデルが提唱されている。マントルの溶融からマグマの噴出に至るまでのいくつかの仮定(鉱物とメルト間における水の分配係数、マントルの部分溶融の割合、二次鉱物の晶出時における主要構成鉱物の比率、脱ガス作用による水の損失率など)を踏まえた上で、アパタイトやメルト包有物の含水量からマントルには9–585 ppmにも及ぶ水の存在が示唆された。しかし、この水に富むマントルモデルについては未だ懐疑的な見方も多く、二次鉱物から得られた値はあくまでも不確かな仮定(地球の鉱物や火星のメルトの値を参照、月を模擬していない)をもとにした予想値に過ぎない。最近では、二次鉱物を対象とした塩素や酸素同位体分析から水に枯渇した(< 10 ppb)マントルモデルも提唱されているものの、水素を対象とした分析ではないことからあくまで間接的証拠に過ぎない。本研究では、マントル由来の水を含む角礫岩質月隕石に対して赤外吸収分光その場加熱実験を行い、主要構成鉱物であるカンラン石および単斜輝石の含水量を定量的に推定することで、プロセラルム盆地直下に位置する上部マントルの含水量を従来必要とされていた仮定を使わずに決定する。
角礫岩質月隕石はカンラン石や単斜輝石を主要構成鉱物とするはんれい岩質クラストと単斜輝石斑晶を含む玄武岩質クラスト、さらにそれらの礫質部から成る。本研究で用いた隕石試料には外縁部においてフュージョンクラストが存在し、さらに各クラストと礫質部を横断する衝突溶融脈が観察される。
角礫岩質月隕石に対する赤外吸収分光その場加熱実験(120 °C)の結果、はんれい岩質クラストの単斜輝石は3750、3600および3500 cm−1付近に、カンラン石は3550、3500および3250 cm−1付近に顕著な水の吸収帯を示す。フュージョンクラストおよび衝撃溶融脈内に分布する単斜輝石やカンラン石においても同様の水の吸収帯は認められるものの、はんれい岩質クラストと比べてそれらの吸光度は著しく低い。これは天体衝突時に発生した高温効果および大気圏突入時の摩擦熱による脱水現象が原因と考えられる。よって、はんれい岩質クラストに内在する水は月に由来するものであり、地球風化作用による副産物ではない。さらに、はんれい岩質クラストのカンラン石および単斜輝石に対しては、120から550 °Cの範囲における段階過熱実験を行った。300 °Cまでの段階過熱では各鉱物ともに吸光度に変化は見られないものの、300から500 °Cの範囲において温度増加に伴い吸光度の著しい減少を示す。これは300 °C以上で脱水するTightly bound molecular waterの特性である。一部の吸収帯は550 °C以上の段階過熱実験後も残存し、さらに異方性を有することからも鉱物に配列を持って結合した構造水に帰属される。
Beer-Lambert法をもとに、積分吸光度、試料の厚さおよび吸収係数から各鉱物における含水量を定量的に評価した。その結果、はんれい岩質クラストの単斜輝石は>339–1363 ppm(うち構造水は>157–1051 ppm)、カンラン石は>199–1152 ppm(構造水は>199–906 ppm)もの含水量に達することが判明した。得られた値と主要構成鉱物のモード組成から月のマントルにおける含水量を仮定なしで直接的に推定することが可能であり、プロセラルム盆地直下の深さ>30から>400 kmにも及ぶ上部マントルにおいて、>631 ± 498 ppmもの水が存在することが明らかとなった。驚くべきことに、この値は地球のマントルに匹敵する含水量である。推定された含水量は水に富むマントルモデルと非常に調和的である一方、水に乏しいとする先行研究とは一致しない。この原因として、月のマントルにおける水分布は非常に不均一かつ部分的にしか水が存在しない可能性が示唆される。少なくともプロセラルム盆地直下の上部マントルの一部に大量の水を含む領域が存在することから、ジャイアントインパクト後の初期物質の集積や冷却過程、月におけるマグマオーシャンの分化作用、深部月震の原因さらには太陽系初期の地球と月における水の起源を紐解く上でこの月内部の水が重要な鍵となり得る。月内部における水は有人探査における水の利用や基地建設、さらには月の進化史を明らかにする重要なテーマであり、月探査の将来構想、特に着陸計画とサンプルリターンを実施する上で、月周回衛星かぐやから発見されたプロセラルム盆地やエイトケン盆地に分布する深部露出岩体は重要な探査地域と言える。