日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS28] 地震波伝播:理論と応用

2016年5月23日(月) 15:30 〜 17:00 A07 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*西田 究(東京大学地震研究所)、中原 恒(東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻固体地球物理学講座)、松島 潤(東京大学大学院)、齊藤 竜彦(独立行政法人 防災科学技術研究所)、座長:武村 俊介(防災科学技術研究所)、江本 賢太郎(東北大学大学院理学研究科)

15:45 〜 16:00

[SSS28-13] 3次元ランダム不均質媒質中におけるスカラー波エンベロープ:差分法計算による改良マルコフ近似理論の検証

*江本 賢太郎1佐藤 春夫1 (1.東北大学大学院理学研究科)

キーワード:地震波散乱、差分法、エンベロープ

短周期地震波は地球内部の微細不均質構造の影響を強く受けるため,複雑な波形を示す.その特徴として,主要動部は震源時間関数よりも長くなり,長いコーダ振幅が励起される.これらの現象は,ランダムな不均質速度ゆらぎの中を伝播する地震波の散乱によるものと解釈され,伝播距離と共に主要動の幅が広がるといった現象を説明することができる.ランダム不均質媒質を用いて地震波伝播を統計的に解釈する手法として,輻射伝達理論,拡散近似,マルコフ近似理論などが提案されている.本研究では,主要動部分の地震波エンベロープをよくモデル化できるマルコフ近似理論に着目する.マルコフ近似理論は多重前方散乱を扱う手法であり,2次元ランダム媒質において,差分法と比較することにより適応可能条件が検証されてきた(Saito et al. 2003, Emoto et al. 2012) .しかし3次元ランダム媒質における検証は少ない..最近,Sato (2016)は,波動の卓越波数を基準としてゆらぎのスペクトルをエンベロープ拡大に寄与する長波長成分と散乱減衰に寄与する短波長成分に分けて考える新しい方法を提案した.その長波長成分にマルコフ近似を適用することにより,これまで不可能だったべき乗型スペクトルをもつランダム媒質でのエンベロープを解析的に導出することに成功した.本稿では,この改良マルコフ近似理論によるエンベロープと波動方程式の差分法シミュレーションで数値的に計算したエンベロープを比較することにより,新理論の妥当性と適用限界について検討する.
3次元差分計算は1.5Hzと3Hzをターゲットとしてスカラー波の波動方程式を解く.平均伝播速度を4km/sとし,3Hzの場合は空間刻み・時間刻みを40m,3msとした空間4次・時間2次精度の差分式を用いる.伝播距離200kmの観測点におけるコーダ部分まで計算するため,媒質サイズはx, y方向に174km,z方向に約250kmとする.このセッティングでは,伝播距離200kmの観測点において,初動到達から少なくとも10秒間は境界の影響がない.1.5Hzの場合には空間刻み・時間刻みをそれぞれ倍にし,グリッド数を1/2^3にして行う.地球シミュレータにおいて,124ノードを用いた並列計算を行うと,1回の計算に,3Hzの場合は約3時間,1.5Hzの場合は約15分必要である.統計的な平均エンベロープを求めるために,同じ統計的特徴を持つランダムゆらぎに対し,シードを変えて少なくとも5回計算する.1つの媒質には等伝播距離にあり,観測点間隔が約10km離れた9箇所に観測点を設定してあるため,1つのエンベロープを得るのに最低でも45個のエンベロープを平均する.
ゆらぎの相関距離は5km,RMS値は5%とし,スペクトル勾配を決めるκが0.1, 0.5, 1.0の場合を調べた.3Hzの場合はκ=0.5のみである.
差分法で求めた平均二乗エンベロープは,伝播距離の増加と共に幅が広がり,ピーク値は伝播距離の-2.6乗から-3.5乗で減少した.この減少率はκが小さいほど大きかった.3Hzの場合は-2.7乗であった.また,コーダ励起量もκが小さいほど大きくなった.
Sato (2016)では,ゆらぎの短波長成分のコーナー波数1/asを中心波数k_cを用いて,1/as=ζkcとして定義した.パラメータζは,ゆらぎの短波長成分と長波長成分を分離する基準スケールであり,ζ=1の場合には中心波数が境界になるが,ζが小さくなると短波長成分の寄与が大きくなり,マルコフ近似から求まるエンベロープ拡大は小さく散乱減衰が大きくなる.一方,ζが大きい場合には長波長成分の影響でエンベロープ幅が大きくなり,散乱減衰は小さくなる.κの値が小さいほど,エンベロープのζ依存性は強い.ζが小さいほどエンベロープ幅が小さく,ピーク到達時刻が早くなる.差分法と理論エンベロープをζ=0.25, 0.5, 1.0, 1.5の場合に対して比較した結果,ζ=0.25では明らかに,差分法より理論エンベロープのピーク到達が早い.ζ=1.0と1.5の場合に,差分法と理論エンベロープの主要動付近の合いが良くなった.マルコフ近似では広角散乱を無視しているため,コーダ部分では差分法エンベロープの方が大きくなる.κ=0.1の場合にも大まかには理論エンベロープはよく差分法エンベロープをモデル化しているが,ζのすべての場合に対して差分法エンベロープの振幅は理論エンベロープよりも小さくなった.これは,短波長成分の寄与が大きくなり,改良マルコフ近似理論の限界を示している可能性がある.
今後,さらに異なる周波数とκの組み合わせを解析し,理論の適応範囲を詳しく調べる予定である.

謝辞:本研究では,海洋研究開発機構が運営する地球シミュレータを使用させて頂きました.