日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS30] 地震活動

2016年5月25日(水) 09:00 〜 10:30 106 (1F)

コンビーナ:*林 能成(関西大学社会安全学部)、座長:武村 俊介(防災科学技術研究所)、大見 士朗(京都大学防災研究所地震防災研究部門)

09:15 〜 09:30

[SSS30-02] ブータン王国の国家地震観測網の構築支援

*大見 士朗1井上 公2チョフェル ジャミアン3ナムゲイ キンレイ3ドゥルクパ ダウチュ3 (1.京都大学防災研究所地震防災研究部門、2.防災科学技術研究所、3.ブータン王国経済産業省地質鉱山局)

キーワード:ブータンヒマラヤ、地震観測網

1.はじめに
ブータンヒマラヤ地域は,インド亜大陸とユーラシア大陸の衝突帯に位置しており,その地学的環境から地殻活動が活発であると考えられている.たとえば,2015年4月のネパール地震(M7.8)や2016年1月のインド・インパールの地震(M6.8)などはこれらの地震活動の例であり,ブータンヒマラヤ地域の中心に位置するブータン王国国内でも有感地震となった。しかしながら,同国においては,いまだに組織的な地震観測研究等がおこなわれておらず,国内および周辺地域の地震活動等の詳細は未知のままである.本計画では,ブータンヒマラヤ山麓に位置する,九州ほどの大きさの国であるブータン王国の国家地震観測網の設置を支援し,同国の地震防災に資するとともに,その観測データ解析結果に基づいてこの地域の基本的なサイスモテクトニクスを明らかにすることを主たる目的とする.
2.学術的背景
ブータンヒマラヤは,パキスタン,ネパールなどとともにユーラシアプレートとインド亜大陸(インドプレート)の衝突帯に位置している.インドは,相対速度年間約50mmでユーラシアプレートに衝突しているが,それによって生ずるエネルギーのうち40%がインドプレートのユーラシアプレート下への沈み込みに,残り60%がユーラシアプレートの変形に費やされているとされる.後者は,変形のみでなく,この地域での地震発生によっても解消されており,これにより,インド・ユーラシア両プレートの衝突帯は世界有数の地震帯ともなっている.インド・ユーラシア衝突帯の西部に位置するパキスタンでは,2005年にM7.6の地震が発生し,9万人を超える死者が出たほか,ネパールでは2015年4月のM7.8の地震により8,千人を超す死者が出るなど,地震災害の記憶が新しい.これに対し,東部のブータンは地震活動の空白域であるという指摘もあり,南隣のインド・アッサム地方で1897年に発生したM8.3のシロン地震等,近隣の大地震の記載はあっても,20世紀中にはブータン国内にはM7を超える地震は発生していないとされている.ところが,2009年9月に,ブータン東部を震源とするM6.1の直下型地震が発生し,1907年のブータン王国成立以降,初めての死者を伴う地震災害が発生した.これに加え,2011年9月には,西隣のインド・シッキム州でM6.9の地震が発生したことにより,ブータン西部のパロ県を中心に,死者こそ出なかったものの,建築物に大きな被害が発生するなど,ブータンヒマラヤ周辺での地震活動の活発化が予想される状況となっている.また,最近では2016年1月に,ブータンの東方にあたる,インド・ミャンマー国境近傍のインパール地方の地震(M6.8)などがブータン国内で有感となり,東部ブータンの一部で建造物に被害が出たことが報告されている。
3.これまでの経緯
2009年や2011年の国内での地震被害の発生を受け,ブータン政府は,2013年度,世界銀行より日本開発政策人材育成基金(PHRD)技術協力(TA)の資金を得て「災害軽減と復興のためのプログラム」を開始し,同国経済産業省地質鉱山局(DGM, Department of Geology and Mines, Ministry of Economic Affairs)がその任に当たっている.我々は同プログラムの地震危険度評価のためのコンポーネントの内容の立案に協力するという形で,同国の国家地震観測網の構築を進めている.
4.観測網の詳細
PHRD資金によりDGMは6点から成る観測網を構築中である.これらの観測点には,それぞれに短周期高感度地震計3成分,強震計3成分,さらに広帯域地震計3成分を設置する.これらの観測点は,太陽電池パネルと蓄電池を組み合わせた電源システムで駆動する.得られたデータは,ブータン国内の国営通信事業会社であるBhutan Telecom Ltd. (BT)の全面的な協力の下,観測点から直近のBTのオフィスまでは無線で,そこから首都ThimphuのDGMのオフィスまでは,BTのバックボーン回線を使用してリアルタイムで伝送する.データ解析には,チューリッヒ工科大学(ETH)で開発され,グローバルな地震観測網の標準的なデータ処理システムとなっているSeisComP3を使用する.これは,近隣諸国で運用される観測網のデータを容易に統合できるようにするためである.
5.プロジェクトの現状について
2015年秋に,最初の常時テレメータ観測点である,首都Thimphuの観測点が稼動を開始し,その連続データはすでにDGMのデータサーバに蓄えられつつある。2016年春には,中部ブータンのBumthangの観測点が稼動を開始する予定である。これらに加え,2015年夏より,テレメータ観測網をサポートするためのオフライン観測点が,Wangdu(中部ブータン)およびGasa(北部国境近傍)の2点で稼動している。また,本計画は,当初はPHRDによる財政的サポートのみで始まったものであるが,その後,東南アジア等の津波早期警戒網等の構築を行っている国連組織であるRIEMS (Regional Integrated Multi-Hazard Early Warning System for Africa and Asia)からの観測網構築支援の申し出があり,それらの機関との調整も行っている.これらの観測点を統合すると,九州ほどの大きさの国土に10数点からなる観測網が完成する予定で,同国の地震防災のための基礎データの取得のみならず,同地域のサイスモテクトニクス研究に資するデータを得られることが期待される.