日本地球惑星科学連合2016年大会

講演情報

ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-TT 計測技術・研究手法

[S-TT55] ハイパフォーマンスコンピューティングが拓く固体地球科学の未来

2016年5月24日(火) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*堀 高峰(独立行政法人海洋研究開発機構・地震津波海域観測研究開発センター)、市村 強(東京大学地震研究所)、日野 亮太(東北大学大学院理学研究科)、有川 太郎(独立行政法人港湾空港技術研究所)、井料 隆雅(神戸大学)

17:15 〜 18:30

[STT55-P02] 線形分散波理論に基づく理論津波波形データベースの作成とそれを活用した津波即時予測

*対馬 弘晃1林 豊1馬場 俊孝2安藤 和人3加藤 季広4 (1.気象庁気象研究所、2.徳島大学、3.海洋研究開発機構、4.日本電気株式会社)

キーワード:京コンピュータ、津波即時予測、データベース、線形分散波理論、災害軽減

沖合で観測される津波波形からリアルタイムに津波波源を推定し,それに基づき沿岸の津波を即時に予測して,津波警報を住民まで適切に伝達できれば,津波被害の軽減につながることが期待される.我々は,近地津波を対象として,リアルタイム波源推定に基づく津波予測手法tFISH (Tsushima et al., 2009)の高度化を進めている.本研究では,京コンピュータを活用して,tFISHの構成要素の一つである津波波形グリーン関数のデータベース(DB)を高精度化することが目的である.tFISHの津波予測は,津波波形逆解析と予測波形合成によって行われるものであり,これらの線形解析は津波波形グリーン関数の重ね合わせに基づく.そのため,グリーン関数が実際の津波現象を正しく再現できていないと,その誤差が波源推定と津波予測の誤差に直結する.既存のグリーン関数は線形長波近似によって数値計算したものである.一般に,津波の波長は水深に比べて十分長く,通常はこの近似で伝播過程を再現できるが,深海域で短波長に富む津波が発生すると,たとえ近地であっても波数分散性が強く現れるため(Saito and Furumura, 2009),線形長波で計算した波形グリーン関数を使うと,波源の推定精度が低下する(Saito et al., 2010).こうした波源推定および津波予測の精度低下を回避するには,線形分散波理論に基づいて津波波形グリーン関数DBを更新する必要がある.しかし,分散波理論に基づく津波計算は長波理論計算に比べて計算コストが非常に高く,しかもDB構築には3000以上の波源についての津波計算が必要であり,計算資源の総量は膨大になる.そこで本研究では,京コンピュータを活用して大量の高精度津波計算を実施し,津波波形グリーン関数DBの高精度化を図る.対馬ほか (2015, JpGU)では,京コンピュータとそれに最適化された津波計算コードJAGURS (Baba et al., 2015)を活用して現実的な時間内で大量・高精度津波波形計算を効率的に実施する計算方法の設計・実装と,南海トラフ沿い海域のDB構築について報告した.本発表では,千島・日本海溝沿い海域のDB構築と,分散波理論に基づく津波波形グリーン関数を用いることの有効性を調べるために行った津波予測実験について紹介する.

数値実験では,まず断層運動を仮定し,非線形分散波理論に基づいてJAGURS (Baba et al., 2015)によって津波計算をして,得られた津波波形を観測波形とみなす.そして,沖合の観測波形を用いてtFISHで津波予測を行い,沿岸付近のFP(Forecast Point: 気象庁が津波予測で用いる沖合の仮想点)における観測波形と予測波形の比較によって予測結果を評価する.
まず,昭和三陸地震(マグニチュード8.4)を想定した.日本海溝沖よりも沖合のアウターライズ領域で発生した地震で,高角正断層の震源メカニズムを持つことと,波源域の水深が深いことから,短距離を伝播するうちに分散する.こうした分散の影響が強い津波に対して,本研究で構築したDBは威力を発揮するものと期待される.Kanamori (1971)が推定した震源断層モデルを使って観測波形を作成し,tFISHで津波予測を行った.その結果,線形長波のグリーン関数を用いると,真値にはみられない偽の隆起域が求まってしまい,結果として周辺の沖合津波計が少ないFPでは津波第一波の予測精度が低下した.一方で,分散波グリーン関数を用いると,こうした偽像が解消されるとともに,予測精度も改善した.このように,分散波グリーン関数を用いれば,波源推定と津波予測の精度改善につながりうることがわかった.
次に,内閣府が発表した想定南海トラフ地震(高知沖大すべりモデル)を対象に実験を行った.ここでは簡単のため,破壊伝播速度は無限大として模擬観測データを生成した.試みに,非線形分散波理論と非線形長波理論に基づいて模擬観測波形を計算したところ,両者はほぼ一致した.したがって,この模擬データは分散性の影響が小さい津波といえる.先と同様,分散波と長波でそれぞれ計算したグリーン関数を用いて津波予測を行ったところ,FPの予測波形はほとんど変わらないものとなった.これは,模擬観測データに分散性が含まれなかったためであると解釈できる.同時に,対象とする津波の分散性の強さに関わらず,分散波理論に基づく津波波形グリーン関数を常時用いるようにすれば,予測精度を確保できる可能性があることを示唆している.今後さらなる数値実験を行うことで分散波グリーン関数の詳細な性能評価を進める予定である.

本論文の結果の一部は,理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を利用して得られたものです(課題番号: hp150216).