日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[EJ] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS06] 大気化学

2018年5月23日(水) 15:30 〜 17:00 A05 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:岩本 洋子(広島大学 生物圏科学研究科)、中山 智喜(長崎大学 大学院水産・環境科学総合研究科)、豊田 栄(東京工業大学物質理工学院、共同)、江口 菜穂(Kyushu University)、座長:松木 篤(金沢大学)

16:00 〜 16:15

[AAS06-03] 表面液体層を経由した氷内への塩化水素ガス取り込みメカニズム

*長嶋 剣1佐崎 元1羽馬 哲也1村田 憲一郎1古川 義純1 (1.北海道大学低温科学研究所)

キーワード:氷、塩化水素ガス、取り込みメカニズム、高分解能光学顕微鏡

氷は地球上に多量に存在し、地球環境にも大きな影響を及ぼす。また、氷表面は大気ガスとの反応場としても注目されており、中でもオゾン層破壊の原因となる塩化水素ガスの影響は最も良く調べられている。我々はこれまで結晶表面観察に特化して開発された高分解能光学顕微鏡を用い、氷表面との相互作用が起こりにくいであろう窒素雰囲気下で氷表面の分子ステップ[1]や疑似液体層観察[2]を行ってきた(詳細はそれぞれ「M-IS07: 結晶成長・溶解」、「A-CC28: 雪氷学」セッションでも発表予定)。この顕微鏡を用い塩化水素ガス存在下で氷表面観察を行ったところ、氷表面上に塩酸液滴が生成する事、氷の成長に伴いその塩酸液滴が氷に取り込まれる事がわかった。
観察用の氷単結晶は99%のN2ガス、約1%の水蒸気に0.1%のHClガス(100 Pa)を加えた環境の元で-15℃で成長させた。氷結晶表面はオリンパス(株)と共同で開発されたレーザー共焦点微分干渉顕微鏡によって観察した。この顕微鏡は高さ分解能に特化されており、高さ0.37 nmの氷の単位ステップを観察可能することができる[1]。
塩化水素ガスの存在は液滴状の液体層の出現を非常に促進させ、塩化水素ガス無しでは液体層が出現しない温度条件(-15 ~ -1.5℃)でも観察することができた(ただし-15℃以下の実験は未だ行ってないため下限は不明)[3]。また、過飽和条件ではこの塩酸液滴から氷の結晶が成長することで塩酸液滴が氷の中に埋め込まれてしまう様子が観察された[4]。液滴が埋め込まれる理由として、塩化水素ガスが液体層に溶けて塩酸液滴になっていることがあげられる。さらにこの塩酸液滴のHCl濃度は接触している氷の融解や成長によってバッファーされ一定濃度(-15℃で10 wt%、-1.5℃で1.5 wt%)を保つ。そのため氷内でも凍ることはなく、氷を蒸発させれば全く同じサイズの塩酸液滴が氷内部から再出現する。
塩酸液滴の出現頻度は氷の結晶面に強く依存し、ベーサル面に比べ高指数面では出現頻度が非常に高いことがわかった。そのため氷の平らな表面ではなく氷粒子を想定した場合、氷内部に取り込まれる塩酸液滴のほとんどは高指数面で起こると考えられる。高指数面における塩酸液滴の体積、HCl濃度や出現頻度、氷表面の成長速度といった観察結果から氷内にどの程度のHCl成分が含まれるかを計算したところ、-15℃で0.19 atom%であることがわかった。この値はHClガスの氷結晶への溶解度0.017%を遥かに超える値である。大気中のHCl濃度が0.1% (100 Pa)と非常に高い値での観察結果のため、天然でも同じようなことが起こっているかは不明である。仮に起こるならば大気中のガス成分を氷内に多量に保持することになるため、今後それらの条件を確定させていくことは非常に重要であると考えている。

[1] Sazaki et al. (2010) PNAS 107, 19702.
[2] Sazaki et al. (2012) PNAS 109, 1052.
[3] Nagashima et al. (2016) Cryst. Growth Des. 16, 2225.
[4] Nagashima et al., submitted.