日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CC 雪氷学・寒冷環境

[A-CC29] アイスコアと古環境モデリング

2018年5月22日(火) 15:30 〜 17:00 201A (幕張メッセ国際会議場 2F)

コンビーナ:植村 立(琉球大学 理学部)、川村 賢二(情報・システム研究機構 国立極地研究所)、阿部 彩子(東京大学大気海洋研究所、共同)、竹内 望(千葉大学)、座長:飯塚 芳徳(北海道大学)、中澤 文男(国立極地研究所)

16:30 〜 16:45

[ACC29-17] 東南極沿岸のH128地点で採取されたフィルン空気の組成

*大藪 幾美1川村 賢二1,2,3北村 享太郎1森本 真司4青木 周司4藤田 遼4菅原 敏5本山 秀明1,2櫻井 俊光1,6荒井 美穂7 (1.情報・システム研究機構 国立極地研究所、2.総合研究大学院大学、3.海洋研究開発機構、4.東北大学、5.宮城教育大学、6.国立研究開発法人土木研究所 寒地土木研究所、7.山形大学大学院理工学研究科)

キーワード:フィルンエア、南極

アイスコアの中には空気が保存されており、その分析から過去の大気組成を復元できる。空気は氷床表面で取り込まれるわけではなく、降り積もった雪が徐々に密度を増し、約800 kg/m3になる深度(数10~100メートル)を超えると空隙が閉じて気泡となる。このため、氷と空気との間には年代差があり(Δage)、気泡の年代は周囲の氷年代よりも常に若くなる。Δageを正確に求めるためには、過去のフィルンの厚さや涵養量を正確に推定する必要がある。そのためのツールとして、窒素や希ガスの同位体といった大気中で変化しない気体成分が用いられる。気体のフィルンにおける拡散分離の度合いから、フィルンの厚さを定量化したり、空気が気泡として保存される過程を理解したりすることが重要である。これらのプロセスの理解を進める手段の一つとして、多地点におけるフィルン空気を採取して調べることが有効である。

 本研究では、2015-2016年の第57次南極地域観測隊によって昭和基地の南方約80 kmの地点(H128; 69˚24’S, 41˚33’E; 1380m a.s.l.)で採取された、フィルン空気のδ15Nとδ18O、δ40Ar、δO2/N2、δAr/N2、δ86Kr、δXe/Ar、CH4濃度、CO2濃度、N2O濃度、SF6濃度を分析した。δ15Nとδ18O、δ40Ar、δO2/N2、δAr/N2、δ86Kr、δXe/Arは国立極地研究所の2台の質量分析計を用いて、CH4濃度とCO2濃度、N2O濃度、SF6濃度は東北大学の非分散型赤外分光系(NDIR)およびガスクロマトグラフを用いて分析した。CO2濃度はサンプリング時にもNDIRを用いて測定した。

 H128におけるδ15Nとδ18O、δ40Ar、δO2/N2、δAr/N2、δ86Kr、δXe/Arは、深度が増すごとに値が大きくなっている。それらの深度勾配はおよそ0.004 ‰ / mであり、重力分離のみを仮定して静水圧平衡式から求まる直線の傾き(δ (‰) / z ≅Δmg / RT * 1000 = 0.005 ‰ / m)1と整合的だが、データの方は0~10m付近で静水圧平衡に対して大きな正の偏差を、20~35m付近では負の偏差を持っている。これは、表面付近の温度勾配による気体の拡散分離を反映しており、それぞれ、採取時(南極の夏)における表面温度の上昇と、直前の冬における温度低下によって形成されたシグナルである2。また、測定値と静水圧平衡の直線との間にオフセットがあることから、H128のフィルンの上層部では、空気が対流により混合していることがわかる2。この対流混合層の深さは、フィルンの深い部分のデータ点(深度37.48 – 40.55 m)に静水圧平衡の傾きを持った直線を回帰し、その0 mでの切片として見積もることができる。この手法をδ15Nとδ18Oに適用し、H128においては5~6mであると推定した。これは、南極内陸以外のほとんどの地点における値(0~2m)と比べて明らかに大きい。涵養量が比較的大きいながらも対流混合層が14 mある地点(YM85)が報告されているが3、その理由は、南極氷床中流域のカタバ風帯に位置し常時風が強いことであると考えられている。H128の雪面状況から風は強いと考えられるため、YM85には及ばないものの対流混合層が発達しやすい環境であると推測できる。

 40.55m以深では、δ15Nとδ18O、δ40Arの値は増加していない。一方、δO2/N2とδAr/N2は深度とともに急激に値が大きくなっている。この深度域は、通気性が保たれた層と氷に変化した(通気性のない)層との互層構造により鉛直方向の空気の移動がほとんど起こらない“Lock-in zone”と呼ばれる領域であり、そのH128における厚さは7 – 8mである。CH4とN2O、SF6、CO2の各濃度は、Lock-in zoneにおいて深度とともに濃度が急激に減少している。Lock-in zoneでは上下方向の空気の移動がほとんど起こらないため、各層に存在する空気の年代は氷年代と同じ割合で古くなる。そのため、近年の急激な温室効果ガスの上昇を反映し、深度とともに急速に濃度が低くなっている。大気中の直接観測やアイスコア、フィルン空気等を用いた先行研究によるCH4濃度4との比較から、最深部のフィルン空気の年代は1970年前後であると考えられる。



参考文献

1 Sowers, T. et al., δ15N of N2 in air trapped in polar ice - a tracer of gas-transport in the firn and a possible constraint on ice age-gas age differences, J. Geophys. Res., 97 (1992) 15683–15697.

2 Severinghaus, J. P. et al, Thermal fractionation of air in polar firn by seasonal temperature gradients. Geochem. Geophys. Geosyst., 2(7), 1048–24.

3 Kawamura, K. et al., Convective mixing of air in firn at four polar sites, Earth Planet. Sci. Lett., 244 (2006) 672–682.

4 IPCC AR5