09:35 〜 09:50
[AHW23-03] マルチ同位体トレーサーを利用した福島県沿岸地域における地下水流動系の解明―3H-3He年代測定法を中心とした検討―
キーワード:トリチウム-3He年代、14C年代、4He年代、129I/127比、酸素・水素安定同位体比、福島第一原発
地下水資源の開発や利用には、涵養地や滞留時間といった流動系の把握が特に重要である[1]。福島県においては、2011年3月の福島第一原子力発電所の事故によって放出された種々の放射性物質の環境中の挙動が調べられてきたが、地下水は生活・農業用水として使用されているにも関わらず研究報告例が少なく、今後の地下水資源利用のためには長期的に安全性を評価する必要がある。本研究では、特に原発事故が起きた直後に涵養され、放射性同位体である3Hを多く含むと予想される地下水を検出するために、年代だけでなく涵養時の3H濃度を求めることが可能な3H-3He年代測定法(以下3H-3He法)の確立を目指した。またこれを用いた滞留年代の決定を中心として、他の既存の同位体トレーサーや地質・地形から得られる情報も組み合わせることで、福島県沿岸地域における地下水の流動系を把握し今後の地下水資源利用の長期的安全性を評価することを目的とした。
試料は福島県の太平洋側(浜通り)で2016年9月~2017年10月にかけて、福島第一原発の南北約100 kmに渡って計27地点で採取した。福島県浜通りの地下水は阿武隈山地を分水嶺として東側、つまり海側に流動しているとされていることから、沿岸域の湧水あるいは井戸水を中心に採水した。以下の同位体トレーサーに加え、主要溶存成分、地質や地形を考慮して総合的に地下水の流動系を把握することを試みた。
1)涵養域の標高…酸素・水素の安定同位体比
2)滞留時間([ ]内は適用年代)…3H-3He年代 [数ヶ月~120年]、14C年代 [500~5万年]、4He年代 [1万年~100万年]
3)原発事故による影響…129I/127I比
3H-3He法によって求めることのできた滞留年代及び初期3H濃度から、原発事故との関連が示唆されたのは2017年1月に採水した1地点のみであった。初期3H濃度が9 T.U.と、通常の降水の値とされる5 T.U.よりもやや高く、滞留年代も事故の起こった時期と測定誤差の範囲で重なることから、事故の影響を受けた降水が混入していた可能性がある。
また3H-3He法によって年代が求められている地点のいくつかにおいては、その適用年代120年を上回る14C年代や4He年代が求まり、最近の水と古い水の混合が示唆された。さらに3H濃度から求められる混合比から推定される水の14C年代よりも、実測の14C年代が古く見える地点があった。これは帯水層から炭素が地下水中に供給されていることを示しており、地質構造と比較することで炭素の供給源を特定し、帯水層を把握することができた。さらにδ18O・δDから推定された涵養標高は多くの地点で200~450 m程度で、阿武隈山地の標高と一致していることから、採水した地下水が阿武隈山地で涵養されたことが示された。
129I/127I比についてはほとんどの地点で、世界的に核実験が行われた1950年代以降の降水の平均的な129I/127I比(10-7~10-8)[2]より低いが、天然起源の129I/127I比の上限(1.5 x 10-12)[3]よりは高い129I/127I比が得られた。これは1950年代以前の古い水の混入を示唆しており、原発事故に由来する129Iを含んだ降水が流動していたとしても、古い水により希釈されている可能性が高く、129I/127I比を利用した地下水の原発事故による汚染状況評価は困難であることが分かった。しかし経時的に129I/127I比を観測し、他手法と比較することで、その流動系における最近の水と古い水の混合割合の変化を把握することに利用できると考えられる。
本研究全体を通じて原発事故の影響が観測された地点はごくわずかであったが、3H-3He法により求められた滞留年代が2011年と同時期あるいはそれより古い地点では、今後も継続的に観測を続ける必要がある。
[1] 馬原 (1996), RADIOISOTOPES, 45, 435-445. [2] Toyama et al. (2012) J. Environ. Radioact., 113, 116-122. [3] Fehn (2012) Annu. Rev. Earth Planet. Sci., 40, 45-67.
試料は福島県の太平洋側(浜通り)で2016年9月~2017年10月にかけて、福島第一原発の南北約100 kmに渡って計27地点で採取した。福島県浜通りの地下水は阿武隈山地を分水嶺として東側、つまり海側に流動しているとされていることから、沿岸域の湧水あるいは井戸水を中心に採水した。以下の同位体トレーサーに加え、主要溶存成分、地質や地形を考慮して総合的に地下水の流動系を把握することを試みた。
1)涵養域の標高…酸素・水素の安定同位体比
2)滞留時間([ ]内は適用年代)…3H-3He年代 [数ヶ月~120年]、14C年代 [500~5万年]、4He年代 [1万年~100万年]
3)原発事故による影響…129I/127I比
3H-3He法によって求めることのできた滞留年代及び初期3H濃度から、原発事故との関連が示唆されたのは2017年1月に採水した1地点のみであった。初期3H濃度が9 T.U.と、通常の降水の値とされる5 T.U.よりもやや高く、滞留年代も事故の起こった時期と測定誤差の範囲で重なることから、事故の影響を受けた降水が混入していた可能性がある。
また3H-3He法によって年代が求められている地点のいくつかにおいては、その適用年代120年を上回る14C年代や4He年代が求まり、最近の水と古い水の混合が示唆された。さらに3H濃度から求められる混合比から推定される水の14C年代よりも、実測の14C年代が古く見える地点があった。これは帯水層から炭素が地下水中に供給されていることを示しており、地質構造と比較することで炭素の供給源を特定し、帯水層を把握することができた。さらにδ18O・δDから推定された涵養標高は多くの地点で200~450 m程度で、阿武隈山地の標高と一致していることから、採水した地下水が阿武隈山地で涵養されたことが示された。
129I/127I比についてはほとんどの地点で、世界的に核実験が行われた1950年代以降の降水の平均的な129I/127I比(10-7~10-8)[2]より低いが、天然起源の129I/127I比の上限(1.5 x 10-12)[3]よりは高い129I/127I比が得られた。これは1950年代以前の古い水の混入を示唆しており、原発事故に由来する129Iを含んだ降水が流動していたとしても、古い水により希釈されている可能性が高く、129I/127I比を利用した地下水の原発事故による汚染状況評価は困難であることが分かった。しかし経時的に129I/127I比を観測し、他手法と比較することで、その流動系における最近の水と古い水の混合割合の変化を把握することに利用できると考えられる。
本研究全体を通じて原発事故の影響が観測された地点はごくわずかであったが、3H-3He法により求められた滞留年代が2011年と同時期あるいはそれより古い地点では、今後も継続的に観測を続ける必要がある。
[1] 馬原 (1996), RADIOISOTOPES, 45, 435-445. [2] Toyama et al. (2012) J. Environ. Radioact., 113, 116-122. [3] Fehn (2012) Annu. Rev. Earth Planet. Sci., 40, 45-67.