日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-OS 海洋科学・海洋環境

[A-OS18] 海洋物理学一般

2018年5月22日(火) 09:00 〜 10:30 104 (幕張メッセ国際会議場 1F)

コンビーナ:岡 英太郎(東京大学大気海洋研究所)、川合 義美(国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター)、東塚 知己(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、座長:川口 悠介

[AOS18-06] 亜熱帯モード水形成域における低ポテンシャル渦位水中の生物化学成分とその年々変動

★招待講演

*小杉 如央1石井 雅男1笹野 大輔2 (1.気象研究所、2.気象庁)

キーワード:亜熱帯モード水、黒潮続流、栄養塩、人為起源二酸化炭素

【緒言】北太平洋亜熱帯モード水(NPSTMW)は毎年2月から3月にかけて関東東方沖の黒潮続流(KE)域で、混合層の深化に伴って形成される密度勾配とポテンシャル渦位(PV)の小さい層を起源とする。この層は春になり表面に温度躍層が形成されても海洋内部で取り残され、亜熱帯循環内を移流して広範囲に分布する。NPSTMWは北太平洋における主要な水塊であり、熱や塩分だけでなく溶存酸素や栄養塩・人為起源二酸化炭素を海洋内部へと輸送することから、その形成の強弱は大気海洋を含めた物質循環の流れの中で大きな意味を持つ。
Qiu and Chen [2006]はKE不安定期には流軸の北側から冷水渦が切離されやすく、この冷水渦が形成域で高渦位(PV)の水を拡散し、混合層の発達を妨げるためNPSTMWの形成量が少なくなると述べている。Oka et al., [2015]はKE不安定期の後に沖縄の西にあたる海域でNPSTMW中の溶存酸素量が低下することを示して前述の説を補強し、NPSTMWの形成が生物化学的にも重要であると述べた。しかし、NPSTMW形成域での生物化学的な長期変動についてはよくわかっていない。
気象庁では毎年冬から春にかけてNPSTMW形成域で船舶観測を実施している。この観測では水温・塩分・溶存酸素といったCTD観測で得られるパラメータだけでなく、フロートやグライダーでは取得できない栄養塩や炭酸系の生物化学的パラメータも得られている。今回、これらのデータを用いてNPSTMW形成域での生物化学的な年々変動を調査した。これらのデータは、その後北太平洋の広範囲に広がるNPSTMWの変動を理解するための基礎となるものである。

【方法】気象庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」が2005年から2017年の1~5月に東経142-150度、北緯28-36度の海域で行ったCTD観測で得られたボトルデータを使用した。低PV水の取り出しのため採水層の上下各5 dbarの平均PVを計算し、PV < 2×10-10 m-1 s-1のサンプルを解析の対象とした。

【結果】調査海域でみられる低PV水には、(1)混合層内の水(2)混合層が季節成層によって大気から切り離された水(3)昨年以前に形成されたNPSTMWの3タイプがあると考えられる。過去に周辺海域で低PV水を追跡した解析では、水温塩分で計算される飽和酸素量から、溶存酸素量を引いた見かけの酸素消費量(AOU)が15 μmol kg-1以下の水が形成後概ね半年以内の水の指標であった[小杉他、2013]。AOUを計算することで(1, 2)と(3)を切り分けることが可能である。図(a, b)はともに横軸に時間、縦軸にポテンシャル密度σθを表したもので、図(a)によるとKE安定期(2011-)にはσθ = 25.4kg m-3面付近までAOU ≤ 15 μmol kg-1の水がみられるのに対し、 KE不安定期(2006-2009)にはσθ = 25.2 kg m-3面より下層ではほとんどのサンプルでAOU > 15 μmol kg-1となっていた。つまり、KE不安定期にはσθ = 25.2 kg m-3より重いNPSTMWはほとんど形成していないとみられる。Oka et al., [2015]が指摘した、NPSTMW内の溶存酸素量低下は酸素豊富な新しいNPSTMWの形成が少ないためである、ということがNPSTMW形成域のデータでも裏付けられた。
栄養塩については生物による生産・呼吸・分解で生じる変動を取り除くためPreformed NO3 = (NO3 + NO2) - AOU / 16 * 170を計算した。Preformed NO3は水塊形成時の硝酸塩濃度とみなすことができ、亜熱帯系水で低く亜寒帯系水で高い。このため、両系の混合比の指標として利用できるかを検討した。図(b)によるとσθ = 25.1-25.2 kg m-3でKE不安定期にはPreformed NO3 > 1.5 μmol kg-1と高い水の割合が大きいが、KE安定期には小さかった。このことはKE不安定期に安定期に比べて亜寒帯系水の寄与が大きかったことを示しており、Qiu and Chen [2006]の説と一致する。
ただし、Preformed NO3についてはAOUと比べると安定/不安定期の差は明瞭ではなく、この方法で亜熱帯/亜寒帯系水の混合を議論するためには、栄養塩の測定精度や航海間データの比較可能性に注意する必要がある。亜熱帯/亜寒帯系水の混合比推定には、今回用いたPreformed NO3だけでなく、ポテンシャルアルカリ度など他のパラメータの利用も検討の余地がある。今後もNPSTMWの生物化学的変動の理解には、船舶を使った高精度なデータの収集・蓄積が不可欠である。

【出典】
小杉他、海洋学会2013年春季大会要旨集
Oka et al., Journal of Oceanography, 2015.
Qiu and Chen, Journal of Physical Oceanography, 2006.