日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT06] 地球生命史

2018年5月20日(日) 09:00 〜 10:30 101 (幕張メッセ国際会議場 1F)

コンビーナ:本山 功(山形大学理学部地球環境学科)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)、座長:本山 功生形 貴男守屋 和佳

09:45 〜 10:00

[BPT06-04] 現生ウミシダが受ける捕食圧の深度・緯度による変化と捕食者の推定

*高橋 恵里1大路 樹生2 (1.名古屋大学大学院環境学研究科、2.名古屋大学博物館)

キーワード:棘皮動物、ウミシダ、捕食-被食関係、形態

ウミユリは棘皮動物中最も原始的なグループで,海底に固着して腕を水中に広げて採餌する生態を持つ.そしてその腕を観察すると,彼らが頻繁に他の動物から捕食を受けている痕跡が見つかる.ウミユリ類はその高い再生能力から部分捕食により失った体の部分を再生するが,腕に残るこの再生痕の出現頻度を求めることにより,彼らにかかる捕食圧を間接的に計測することができる.先行研究では化石・現生ともに様々な種類のウミユリについてこれを用いているが(Meyer, 1985など),現生に関する多くは深海に生息するウミユリを利用しており(Oji, 1996など),浅海,特に陸棚の上部における捕食圧の定量的研究は少ない.また緯度による変化など広い地理的スケールでの捕食圧についても十分でない.更にウミユリ類に対する捕食圧が具体的にどのような生物によって引き起こされているのかも明らかでなく,魚類や甲殻類,またはウニ類などが捕食すると考えられてはいるが(Stevenson et al., 2017など),直接的な証拠はほとんどない.

 そこで本研究では,同じウミユリ綱でありながら自由生活をし,浅海から深海まで世界中で幅広い環境に適応し繁栄しているウミシダ類を用いて,陸棚上部から深海にかけての捕食圧変化を定量的に調べた.また異なる海に生息する亜種及び近縁種を用いて緯度による捕食圧変化の調査,太平洋と大西洋における捕食圧の比較を行い,また可能な限り捕食者の特定を目指した.観察対象としたウミシダは,北アメリカ西海岸に広く分布するFlorometra serratissima, 北極海及び北大西洋に分布するHeliometra glacialis glacialis, また日本周辺を主として北西太平洋に分布するH. glacialis maxima の3種類である.いずれも陸棚上から1000 m を超える深海まで広い深度分布を持ち,同じ科に属している形態的・系統的にも非常に近い種類である.データは主にスミソニアン国立自然史博物館,国立科学博物館,大阪市立自然史博物館に所蔵されている液浸標本から得た.

 測定の結果,いずれの海域においても陸棚上となる約200 m 以浅で捕食圧を表す再生腕の出現頻度は非常に高く,逆にそれより深い範囲では急激に低く,またその変化がほとんどなくなることが示された.また3種をまとめると北半球の高緯度-中緯度域がカバーされるが,この範囲では高緯度ほど再生腕が少なく,すなわち捕食圧が低い様子が示された.南半球で腕足類に対する捕食圧が極域で低くなる様子が報告されているが(Harper & Peck, 2016),これらは双方の捕食者とされる甲殻類が冷水域で少なくなることによると考えられる.太平洋に分布するF. serratissima H. glacialis maxima の平均と大西洋の H. glacialis glacialis の再生腕を比較した場合,太平洋で頻度が高く,仮説の通り太平洋でより捕食圧が高いことが示された.さらに H. glacialis glacialis と同地点で採集された無脊椎動物のうち,再生腕出現頻度の高い地点ではヒトデ・ウニ類の割合が高く,彼らが北大西洋における H. glacialis glacialis への捕食圧を主に構成していることが推測できる.今回用いた種ではより低緯度の熱帯域についてのデータは得られなかったが,先行研究の中ではパラオの深度7-12 mにおいて最も頻繁に捕食を受けているウミシダが報告されており(Baumiller & Gahn, 2013),今回得られた傾向が適用されれば,この地域は地球上で最も捕食圧が高い地域であると考えられる.高い捕食圧の下で彼らが生息している事実は,その移動能力をはじめとした対捕食者戦略の成功と深い関係が類推される.