[MGI25-P09] 赤石山地ドンドコ沢岩石なだれが形成した堰き止め湖沼堆積物中の木本植物遺体の種組成
キーワード:赤石山地、岩石なだれ、堰き止め湖、湖沼堆積物、木本植物遺体
赤石山地地蔵ヶ岳東面で発生した岩石なだれはドンドコ沢本川を3.6 km以上にわたって流下し,ドンドコ沢右支川と大棚沢(小武川上流部)の河道を閉塞して堰き止め湖を形成した(苅谷,2012;木村ほか,2018)。この2箇所の堰き止め湖の湖沼堆積物中からは多数の木本植物遺体が見つかっている。Yamada et al.(2018)が酸素同位体比年輪年代法を用いてこれらの木本植物遺体のうち2個体の枯死年代を測定した結果,AD885+α年およびAD888年という年代値が得られた。これにより,岩石なだれは駿河および南海トラフ付近を震源とする巨大海溝型地震である仁和(五幾七道)地震があったAD887年かその数年後以内に発生したことが明らかになりつつある。
一方で,これらの木本植物遺体の発見は山岳地域の古環境を知る上でも重要な意義をもつと考えられる。特に,侵食速度がきわめて速く,微化石や大型植物遺体,火山灰などの堆積場が失われやすい日本アルプスにおいて,枯死年代や生育期間の明らかな木本植物遺体は古環境復元のためのプロキシとして大変貴重である。そこで本発表では,筆者らがこれまでに採取した計21試料の樹種同定結果を報告する。
試料採取は上述の2箇所の堰き止め湖沼堆積物の露頭面で行った。ドンドコ沢と大棚沢との合流点付近にある下部堰き止め堆積物(lower dammed lake and floodplain deposit; LLD)は,厚さ4 m以上の砂やシルト主体の層であり,大径(φ25~40 cm)の倒伏樹幹を多数含む。ドンドコ沢右支川の谷出口付近にある上部堰き止め堆積物(upper dammed lake and floodplain deposit; ULD)は,4枚の砂層とそれらに挟まる3枚のシルト層からなる厚さ4~5 m程度の層であり,中・大径(φ15~25 cm)の倒伏樹幹や,小径(φ10 cm以下)の丸木状木片や断裂木片が混じる。LLDより上流の集水面積は8.81 km2あり,標高は1220~2760 mに及ぶ。一方,ULDより上流の集水面積は1.17 km2あり,標高は1470~2630 mに及ぶ。
計21試料のうち,LLDより採取した7試料は,サワラ(Chamaecyparis pisifera),ヒノキ(Chamaecyparis obtusa),カバノキ属(Betula sp.),ツガ属(Tsuga sp.),トウヒ属(Picea sp.)といった山地帯~亜高山帯の主要高木種で構成されていた。一方で,ULDより採取した14試料の中には,モミ属(Abies sp.),ツガ属(Tsuga sp.),カラマツ(Larix kaempferi)といった山地帯~亜高山帯の主要高木種に加え,低木~小高木種のツツジ属(Rhododendron sp.)やヤナギ属(Salix sp.)が含まれていた。
赤石山地周辺の現存植生を踏まえると,上記6属にはそれぞれ2種以上が該当する。カバノキ属としてはシラカンバ(B. platyphylla var. japonica)やウダイカンバ(B. maximowicziana)などの山麓帯~山地帯に広く分布するカバノキ属普通種か亜高山帯に分布するダケカンバ(B. ermanii)が考えられる。ツガ属としてはツガ(T. sieboldii)かコメツガ(T. diversifolia)が,モミ属としてはウラジロモミ(A. homolepis)かシラビソ(A. veitchii),オオシラビソ(A. mariesii)が考えられる。トウヒ属に同定された個体はトウヒ(P. jezoensis var. hondoensis)とみられるが,ヤツガタケトウヒ(P. koyamai)やヒメバラモミ(P. maximowiczii)といった本州中部の狭い範囲にのみ分布するトウヒ属希少種の可能性もある。また,ツツジ属としては亜高山帯林の林床によくみられるアズマシャクナゲ(R. degronianum)やハクサンシャクナゲ(R. brachycarpum)が,ヤナギ属としては渓畔域に分布する先駆樹種のオノエヤナギ(S. sachalinensis)やコゴメヤナギ(S. serissaefolia)が考えられる。
引用文献: 苅谷(2012)地形33,297-313;木村ほか(2018)日本地すべり学会誌55,42-52;Yamada et al. (2018) Quaternary Geochronology 44, 47-54.
一方で,これらの木本植物遺体の発見は山岳地域の古環境を知る上でも重要な意義をもつと考えられる。特に,侵食速度がきわめて速く,微化石や大型植物遺体,火山灰などの堆積場が失われやすい日本アルプスにおいて,枯死年代や生育期間の明らかな木本植物遺体は古環境復元のためのプロキシとして大変貴重である。そこで本発表では,筆者らがこれまでに採取した計21試料の樹種同定結果を報告する。
試料採取は上述の2箇所の堰き止め湖沼堆積物の露頭面で行った。ドンドコ沢と大棚沢との合流点付近にある下部堰き止め堆積物(lower dammed lake and floodplain deposit; LLD)は,厚さ4 m以上の砂やシルト主体の層であり,大径(φ25~40 cm)の倒伏樹幹を多数含む。ドンドコ沢右支川の谷出口付近にある上部堰き止め堆積物(upper dammed lake and floodplain deposit; ULD)は,4枚の砂層とそれらに挟まる3枚のシルト層からなる厚さ4~5 m程度の層であり,中・大径(φ15~25 cm)の倒伏樹幹や,小径(φ10 cm以下)の丸木状木片や断裂木片が混じる。LLDより上流の集水面積は8.81 km2あり,標高は1220~2760 mに及ぶ。一方,ULDより上流の集水面積は1.17 km2あり,標高は1470~2630 mに及ぶ。
計21試料のうち,LLDより採取した7試料は,サワラ(Chamaecyparis pisifera),ヒノキ(Chamaecyparis obtusa),カバノキ属(Betula sp.),ツガ属(Tsuga sp.),トウヒ属(Picea sp.)といった山地帯~亜高山帯の主要高木種で構成されていた。一方で,ULDより採取した14試料の中には,モミ属(Abies sp.),ツガ属(Tsuga sp.),カラマツ(Larix kaempferi)といった山地帯~亜高山帯の主要高木種に加え,低木~小高木種のツツジ属(Rhododendron sp.)やヤナギ属(Salix sp.)が含まれていた。
赤石山地周辺の現存植生を踏まえると,上記6属にはそれぞれ2種以上が該当する。カバノキ属としてはシラカンバ(B. platyphylla var. japonica)やウダイカンバ(B. maximowicziana)などの山麓帯~山地帯に広く分布するカバノキ属普通種か亜高山帯に分布するダケカンバ(B. ermanii)が考えられる。ツガ属としてはツガ(T. sieboldii)かコメツガ(T. diversifolia)が,モミ属としてはウラジロモミ(A. homolepis)かシラビソ(A. veitchii),オオシラビソ(A. mariesii)が考えられる。トウヒ属に同定された個体はトウヒ(P. jezoensis var. hondoensis)とみられるが,ヤツガタケトウヒ(P. koyamai)やヒメバラモミ(P. maximowiczii)といった本州中部の狭い範囲にのみ分布するトウヒ属希少種の可能性もある。また,ツツジ属としては亜高山帯林の林床によくみられるアズマシャクナゲ(R. degronianum)やハクサンシャクナゲ(R. brachycarpum)が,ヤナギ属としては渓畔域に分布する先駆樹種のオノエヤナギ(S. sachalinensis)やコゴメヤナギ(S. serissaefolia)が考えられる。
引用文献: 苅谷(2012)地形33,297-313;木村ほか(2018)日本地すべり学会誌55,42-52;Yamada et al. (2018) Quaternary Geochronology 44, 47-54.