10:45 〜 11:00
[G04-07] 正統的周辺参加理論に基づく防災学習の実践―小学生との共働による地震観測の事例研究―
キーワード:防災教育、正統的周辺参加、実践共同体、地震学
1.はじめに
本稿では、京都府の下山小学校と鳥取県の根雨小学校の2校で実施中の防災教育の取り組みを紹介する。この取り組みの大きな特徴は、小学生が、現実に進行中の最先端の地震観測研究(「満点計画」)に参加する点にある。
矢守(2007)は、「防災教育の究極的な目標は何かという問い」に対しては、「災害で命を落とさないため」という目標が一般的であるとし、さらに、この上位目標を達成するための具体的な下位目標として、「防災の知識・技術の習得」が設定されるのが通例だと指摘している。
この現状の基で防災の専門家が防災教育に取り組む際には、試行錯誤の後に、やみくもに知識を増量するか防災施策本体の充実に立ち戻る傾向があるとする。一方で非専門家は、専門家の知識・技術を無前提に信じなくなりつつある。しかし、その知識・技術がどのような必要性とどの程度の確実性を持つのかという前提は非専門家にうまく共有されず、その結果としてごく一部の人が過度に悲(楽)観的な姿勢に流れて、残りの大多数は無関心な態度を選択する傾向があるとした。
この両者のコミュニケーションギャップを指摘した上で、矢守は、知識・技術を媒介とする専門家と非専門家の関係を包括的に捉え直す視点として、レイヴら(1993)による正統的周辺参加理論に注目した。その上で、防災教育を、それまで専門家のみによって主導されてきた防災実践(「本物の実践」)に非専門家が正統的周辺参加する過程として位置づけ、それによって問題解決を図る方向を示した。
2.実践共同体理論と正統的周辺参加
「実践共同体」とは、「ある実践に関与する人びとのまとまり」である。ここでは組織や制度の形態ではなく、人々がその実践でなされている活動へ関与する多様な形態に注目する。そして、「正統的周辺参加」とは、その対象としている実践共同体におけるホンモノの実践に、複数の、多様な、しかも時とともに変化する関わりを有することである。「正統的」という語には「ホンモノ」がという意味が対応する。また、「周辺」という語には、「複数の」、「多様な」という意味が対応する。この語の理解は本理論の理解の鍵である。「参加」とは、文字通り「参加」することである。
正統的周辺参加理論は、もともと、学習に関する理論であり、それが、本研究(満点計画と連動した防災学習の実践)が、この理論に依拠する理由の一つである。本理論は、学習、あるいは教育を、従来の考え-人から人へ、つまり、教授者から学習者へと知識や技能が移転することを学習や教育と理解する考え-から解き放ち、次のように理解する。学習とは、「共にコトをなしている」人びとのまとまりに参加することである。すなわち、学習とは、実践共同体に正統的周辺参加することだと捉えるわけである。そして、その際、学習の鍵となる要素として、従来の知識・技能の個人間移転とともに、学習者のアイデンティティの生成・変化、実践共同体の維持・変容の2つを追加する。
3.満点計画防災学習プログラム
(1)満点計画
満点地震計は京都大学防災研究所阿武山観測所の飯尾教授らのグループによって、2008年に作成された小型地震計である。飯尾教授らは、この満点地震計を、地域を選択して集中的に配置して高密度の地震観測を行う「満点計画」を行っている。満点計画は目標観測点数一万点を目指すが、2016年当初の時点では、近畿地方の北部に82か所や鳥取県西部から島根県東部にかけて約50箇所等、合計約330点の満点地震計を設置し観測体制を敷いている。
(2)下山小学校
京丹波町立下山小学校は京都府中部の中山間地帯に位置する、全校生徒80名程度の小学校である。2009年度に、同校の敷地内に地震計が設置された。
(3)根雨小学校
鳥取県日野町立根雨小学校は、鳥取県西部の中山間地帯にある小学校である。児童数は全学年で約100名の小規模校である。同校のある日野町は、2000年の鳥取県西部地震で大きな被害の出た地域である。地震計は、ノイズを考慮し校舎から2km離れた地点を選定し、2010年5月17日の第1回の授業の開催時に設置された。
(4)満点計画学習プログラム
2つの小学校では、地震計の設置以降に、地震計のデータ交換のタイミングごとに生徒と筆者らが共に作業を行い、教室で地震計と関連したテーマでの授業を行うという形式で防災教育授業を続けている。約7年間の実践(下山小で29回、根雨小で23回の授業、2016年度末時点)の中で、年4回の授業サイクルの習慣が構築されている。近年の地震計の多点化に伴い、地震観測の専門家だけで担いきれなくなった観測点の1点の維持を、これまで防災の知識・技術の単なる受け手と考えられてきた小学生が(初歩的・部分的な形であれ)担当することに目的と実践上の意義がある。
4.結果・考察―アイデンティティの獲得
参加型学習の結果をアイデンティティの獲得として評価する理路、および参考文献は当日に示す。
本稿では、京都府の下山小学校と鳥取県の根雨小学校の2校で実施中の防災教育の取り組みを紹介する。この取り組みの大きな特徴は、小学生が、現実に進行中の最先端の地震観測研究(「満点計画」)に参加する点にある。
矢守(2007)は、「防災教育の究極的な目標は何かという問い」に対しては、「災害で命を落とさないため」という目標が一般的であるとし、さらに、この上位目標を達成するための具体的な下位目標として、「防災の知識・技術の習得」が設定されるのが通例だと指摘している。
この現状の基で防災の専門家が防災教育に取り組む際には、試行錯誤の後に、やみくもに知識を増量するか防災施策本体の充実に立ち戻る傾向があるとする。一方で非専門家は、専門家の知識・技術を無前提に信じなくなりつつある。しかし、その知識・技術がどのような必要性とどの程度の確実性を持つのかという前提は非専門家にうまく共有されず、その結果としてごく一部の人が過度に悲(楽)観的な姿勢に流れて、残りの大多数は無関心な態度を選択する傾向があるとした。
この両者のコミュニケーションギャップを指摘した上で、矢守は、知識・技術を媒介とする専門家と非専門家の関係を包括的に捉え直す視点として、レイヴら(1993)による正統的周辺参加理論に注目した。その上で、防災教育を、それまで専門家のみによって主導されてきた防災実践(「本物の実践」)に非専門家が正統的周辺参加する過程として位置づけ、それによって問題解決を図る方向を示した。
2.実践共同体理論と正統的周辺参加
「実践共同体」とは、「ある実践に関与する人びとのまとまり」である。ここでは組織や制度の形態ではなく、人々がその実践でなされている活動へ関与する多様な形態に注目する。そして、「正統的周辺参加」とは、その対象としている実践共同体におけるホンモノの実践に、複数の、多様な、しかも時とともに変化する関わりを有することである。「正統的」という語には「ホンモノ」がという意味が対応する。また、「周辺」という語には、「複数の」、「多様な」という意味が対応する。この語の理解は本理論の理解の鍵である。「参加」とは、文字通り「参加」することである。
正統的周辺参加理論は、もともと、学習に関する理論であり、それが、本研究(満点計画と連動した防災学習の実践)が、この理論に依拠する理由の一つである。本理論は、学習、あるいは教育を、従来の考え-人から人へ、つまり、教授者から学習者へと知識や技能が移転することを学習や教育と理解する考え-から解き放ち、次のように理解する。学習とは、「共にコトをなしている」人びとのまとまりに参加することである。すなわち、学習とは、実践共同体に正統的周辺参加することだと捉えるわけである。そして、その際、学習の鍵となる要素として、従来の知識・技能の個人間移転とともに、学習者のアイデンティティの生成・変化、実践共同体の維持・変容の2つを追加する。
3.満点計画防災学習プログラム
(1)満点計画
満点地震計は京都大学防災研究所阿武山観測所の飯尾教授らのグループによって、2008年に作成された小型地震計である。飯尾教授らは、この満点地震計を、地域を選択して集中的に配置して高密度の地震観測を行う「満点計画」を行っている。満点計画は目標観測点数一万点を目指すが、2016年当初の時点では、近畿地方の北部に82か所や鳥取県西部から島根県東部にかけて約50箇所等、合計約330点の満点地震計を設置し観測体制を敷いている。
(2)下山小学校
京丹波町立下山小学校は京都府中部の中山間地帯に位置する、全校生徒80名程度の小学校である。2009年度に、同校の敷地内に地震計が設置された。
(3)根雨小学校
鳥取県日野町立根雨小学校は、鳥取県西部の中山間地帯にある小学校である。児童数は全学年で約100名の小規模校である。同校のある日野町は、2000年の鳥取県西部地震で大きな被害の出た地域である。地震計は、ノイズを考慮し校舎から2km離れた地点を選定し、2010年5月17日の第1回の授業の開催時に設置された。
(4)満点計画学習プログラム
2つの小学校では、地震計の設置以降に、地震計のデータ交換のタイミングごとに生徒と筆者らが共に作業を行い、教室で地震計と関連したテーマでの授業を行うという形式で防災教育授業を続けている。約7年間の実践(下山小で29回、根雨小で23回の授業、2016年度末時点)の中で、年4回の授業サイクルの習慣が構築されている。近年の地震計の多点化に伴い、地震観測の専門家だけで担いきれなくなった観測点の1点の維持を、これまで防災の知識・技術の単なる受け手と考えられてきた小学生が(初歩的・部分的な形であれ)担当することに目的と実践上の意義がある。
4.結果・考察―アイデンティティの獲得
参加型学習の結果をアイデンティティの獲得として評価する理路、および参考文献は当日に示す。