日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[EJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG26] 福島第一原子力発電事故後の地域復興で科学者が今後取り組むこと

2018年5月22日(火) 09:00 〜 10:30 202 (幕張メッセ国際会議場 2F)

コンビーナ:西村 拓(東京大学大学院農学生命科学研究科生物・環境工学専攻)、溝口 勝(東京大学大学院農学生命科学研究科)、登尾 浩助、座長:登尾 浩助(明治大学農学部)、西村 拓(東京大学大学院農学生命科学研究科)、溝口 勝(東京大学)

09:05 〜 09:20

[HCG26-01] 土壌の化学特性に基づく除染済み農耕地における放射性セシウムの移行リスク評価 -福島県富岡町の事例-

*黒川 耕平1中尾 淳1矢内 純太1 (1.京都府立大学大学院 生命環境科学研究科)

キーワード:福島、放射性セシウム、土壌、除染

【背景と目的】2011年3月の福島第一原子力発電所事故に伴い、福島原発から北西方向の地域を中心に福島県および近隣諸県広域が放射性物質によって汚染された。福島原発の10 km南に位置する福島県富岡町では、事故以降立ち入り制限が続いていたが、2017年4月1日に一部の帰還困難区域を除き避難指示解除となった。これに先立ち、避難指示解除区域内の全ての農耕地で表土掘削 (5 cm) および山土の客土 (5 cm) による除染が実施された。町が調査した除染済み農耕地では、表層土壌の全137Cs量が大きく低下したことが報告されている。ただし、作物の137Cs吸収量は土壌の全137Cs量には必ずしも規定されない。むしろイオン輸送の過程で137Csと競合関係にあるK (可給態K) が欠乏し、イオン交換反応で土壌から脱着される137Cs (交換態137Cs) の割合が大きい土壌ほど、作物の137Cs吸収量が増加することが指摘されている。そのため、これら2因子について除染済み農耕地での実態を明らかにすることで、営農再開に向けた土壌改良等の指針作りに必要な基礎的な知見の獲得が期待される。そこで本研究では、富岡町の除染済み農耕地土壌中の全137Cs量、可給態K量、137Cs脱着率の広域スケール調査を行い137Csの土壌から作物への移行リスクを評価することを目的とした。

【試料と方法】2016年11月に福島県富岡町全域の除染済み農耕地から採取した表層土壌173点 (0-15 cm) を供試試料とし、試料中の全137Cs量をγカウンターで測定した。供試試料の交換態K、熱硝酸抽出Kをそれぞれ1 M 酢酸アンモニウム抽出液および1 M 硝酸煮沸抽出液中のK量として原子吸光光度計で定量した。また、非交換態K量を熱硝酸抽出K量と交換態K量の差として求めた。全137Cs量が2,000 Bq kg−1以上であった32試料については、交換態137Cs量を1 M 酢酸アンモニウム抽出液の蒸発濃縮によりγカウンターで測定した。また、137Cs脱着率を土壌中の全137Cs量に占める交換態137Cs量の割合として求めた。さらに、137Cs脱着率に影響すると考えられる土壌特性として、酸性シュウ酸塩溶解法によるFeおよびAl濃度、全炭素および全窒素量、粒径組成を測定した。

【結果と考察】土壌中の全137Cs量は平均1.2±1.0×103 Bq kg−1であり、除染前の富岡町の農地土壌の平均137Cs量 (6.7×103 Bq kg−1) より大きく低減したことが、本研究でも確認された。交換態K量は平均20.7±8.96 mg K2O 100 g−1であり、約8割の地点で放射性Cs移行低減対策としての推奨値 (25 mg K2O 100 g−1) を下回った。また、土壌中の全137Cs量と交換態K量の間に有意な正の相関 (r = 0.41, p < 0.01) が認められたことから、除染による全137Cs量の低減は、交換態K量の低下も伴うことが示された。非交換態K量は平均462±266 mg kg−1であり、黒泥土で総じて少なく、土壌によっては潜在的なK供給能が小さいことが分かった。137Cs脱着率は1.2~24% (平均9.1%) であり、大部分の137Csが土壌に強く固定された状態を維持していた。また、本研究によって初めて137Cs脱着率は非交換態K量と有意な負の相関を持つこと (rs = −0.42, p < 0.05) が示された。その要因として、非交換態K量は雲母系粘土鉱物量の指標であり、さらに137Csを強く吸着するフレイドエッジサイト量の指標でもあることが予想される。以上より、除染済み農耕地では、除染の希釈効果によって低下した交換態K量を施肥により改善する必要があることと、交換態Kの給源であり137Cs吸着能の指標になり得る非交換態K量も加味した上で、適切な営農を行うことが必要であると結論付けられた。