日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG29] 高レベル放射性廃棄物処分: 理学・工学の両面から考える

2018年5月24日(木) 15:30 〜 17:00 106 (幕張メッセ国際会議場 1F)

コンビーナ:末次 大輔(海洋研究開発機構 地球深部ダイナミクス研究分野)、寿楽 浩太(東京電機大学工学部人間科学系列)、金嶋 聰(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門、共同)、鷺谷 威(名古屋大学減災連携研究センター)、座長:末次 大輔寿楽 浩太

16:15 〜 16:30

[HCG29-04] 地震国日本における高レベル放射性廃棄物地層処分の困難性と「科学的特性マップ」の非科学性

*石橋 克彦1 (1.神戸大学名誉教授)

キーワード:高レベル放射性廃棄物、地層処分、地震の影響、科学的特性マップ、地下水流動特性変化

原子力発電で生じる「高レベル放射性廃棄物(HLW)」の地層処分について,1999年の核燃料サイクル開発機構(当時)の「第2次取りまとめ」は,将来10万年程度にわたって安定な地質環境が日本にも広く存在し,実施は可能であるとした.しかし地震に関しては,(地表で見える)活断層だけが地震を起こす,活断層のない場所が広く存在する,という誤った認識であり,地震の影響についても,断層のズレと強震動しか考えないで過小評価だった.演者は2000年以来このことを指摘してきたが,2017年7月に公表された「科学的特性マップ」においても,この重大な誤りは基本的に改まっていない.
●「地層処分が可能」の意味の再確認:必須要件は約10万年後まで放射性核種が地下処分場から人間環境に漏出しないことであり,それが保証されて初めて「地層処分が可能」と言える.しかし現在の科学では実証・保証は不可能である.地震に関しては,「10万年経ってみたら地震の影響を免れた」という場所が日本に皆無ではないかもしれないが,予め(例えば今後数10年間に)そういう場所を特定することはできない.
●地層処分に対する地震の影響:今後10万年間には活断層が知られていない場所でもM7級大地震が起こりうるし,複数の活断層が連動してM8級巨大内陸地震も起こりうる.また震源断層面近傍の広範囲で無数の余震・誘発地震が発生する.地震動は地下では弱いと言われるが,地震発生状況によっては強大で,処分場の人工バリアと天然バリアの応答の違いなどが問題となりうる.「第2次取りまとめ」以来考慮されていない重大な影響が,広範囲に及ぶ岩盤の歪・応力の変化で,天然バリアと周辺の亀裂の性状が変化して透水係数や動水勾配が変わり,地下水が動きうる.最近の大・巨大地震で実際に非常に広域の地下水の変化が観測されているが,一時的な現象として無視しようとしている.しかし,月~年程度でも,ガラス固化体・オーバーパックから溶出した放射性核種を含んだ地下水が,かなり移動するわけである.以上のことが,地震の規模や距離に応じて処分場にくり返し影響し,多重バリアシステムの性能が劣化し,放射性核種が徐々に移動して,累積結果として地表付近に漏れ出すことも生じうると考えられる.地下のある地点でそのような影響が小さいことを実証するには,数100年以上観測して多くの多様な大地震を経験しなければならない.
●「地質環境の長期安定性」という概念の問題点:地層処分可能論では左記の概念がよく言われるが,それは,前項の地震の影響というダイナミックな現象の長期的累積を見失わせる恐れがある.すなわち,地中のダイナミックな揺らぎのくり返しを内包しながら長期的に安定しているのであって,地下の歪・応力変化と流体移動などは明瞭な地質現象としては残らないと思われるからである.「第2次取りまとめ」以来,地震・断層活動の痕跡が残されている地質や地形だけをみるという立場で,地震現象を静的にしか捉えていない.
●「科学的特性マップ」の非科学性:2015年5月に地層処分に関する基本方針が変更され,政府が「科学的有望地」を提示して自治体に調査協力を申し入れることになった.それを受けて2017年7月に経済産業省が「科学的特性マップ」を公表した.これは,地層処分に係わる科学的特性の分布を,既存の全国データにもとづいて全国地図の形で示したものである.火山の周囲,活断層の影響が大,隆起・侵食が大などの8要件のいずれにも該当しないところを「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い」として薄緑色で示し,「将来的に処分地選定調査の対象になる可能性がある」とした.その中で海岸から20km以内は「輸送面でも好ましい」として濃緑色にしている. しかし,沿岸のプレート間・プレート内の大・巨大地震による前述の厳しい影響を10万年間には数100回くり返し受けるであろう地域が,濃緑色の範囲に多数含まれている.また多くの沿岸域は約70年間の処分場建設・操業・閉鎖期間に強震動・大津波に直撃される恐れがある.そのような場所が適地であるはずはなく,マップは全く非科学的と言うほかはない.
●「理学と工学」という対置について:理学は人間を含めた大自然の真相(したがって自然と人間の関係)をよりよく知ろうとするものであり,工学は人間社会に必要と認められたモノを安全に効率的に造ろうとするものだろう.したがって,大自然の中の約10万年の安全性を検討する地層処分可否問題に関しては,理学と工学では役割のレイヤーが異なると思われる.同じレイヤーで議論できる(すべき)と考えると,却って混乱を生じかねない.
●「先送り」は悪か?:政府は「将来世代に負担を先送りせず,現世代の責任で」と強調する.「暫定保管」という考えを「問題の先送り」として批判する地質学者もいる.しかし,安全性が確立していない地層処分においては,将来世代は被害を蒙る可能性を有する「当事者」である.その当事者を無視して現世代が拙速に地層処分を強行するのは,将来世代への危険の押し付けであり「現世代の無責任」とも言える.むしろ様々な「暫定保管」を積極的に考えることも選択肢として重要だろう.なお,HLW処分の深刻な困難性に鑑みれば,現世代だけでできること,しなければならないことは,HLWの排出を今すぐに止めることである.それこそが将来世代に対する最大の責務だろう.