日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS10] 古気候・古海洋変動

2018年5月23日(水) 09:00 〜 10:30 A08 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、磯辺 篤彦(九州大学応用力学研究所)、北村 晃寿(静岡大学理学部地球科学教室、共同)、佐野 雅規(早稲田大学人間科学学術院)、長谷川 精(高知大学理工学部)、岡 顕(東京大学大気海洋研究所)、加 三千宣(愛媛大学沿岸環境科学研究センター)、座長:岡崎 裕典

09:30 〜 09:45

[MIS10-03] 北米グリーンリバー湖成層に見られるチャート層の成因と始新世前期“温室期”の湖生物生産量変動

*隈 隆成1長谷川 精2山本 鋼志1池田 昌之3Whiteside J.4 (1.名古屋大学、2.高知大学、3.静岡大学、4.サウサンプトン大学)

キーワード:湖成層、始新世、気候変動、グリーンリバー層、チャート、置換

始新世前期温室期[Early Eocene Climatic Optimum(EECO): 53–49 Ma]は,新生代を通して最も温暖な時期であり,この時期の大気二酸化炭素濃度は約1125 ppmまで上昇したと考えられている(e.g., Lowenstein and Demicco, 2006; Zachos et al., 2008; Beerling and Royer, 2011).このEECOにおける地球軌道要素変動に伴う日射量増大期には,高緯度域の永久凍土が融解して更なる温暖化が進行したことなどが示されており(Deconto et al., 2012),EECOの古気候を復元することは温暖化が進行する地球環境の未来像を予測する上でも重要である.

本研究ではEECOにおける陸域中緯度域での古環境変動を明らかにするために,アメリカ中西部に広域的に分布する湖成層(グリーンリバー層)を研究対象とした.グリーンリバー層は,オイルシェールの代表的な地層であり,石油探査等を目的とした多くの有機地球化学的研究や,堆積学的な検討から古環境を復元する研究がなされてきた(Smith et al., 2008; Whiteside and Keuren, 2009).しかし,堆積学的解析と無機化学組成分析を組み合わせることで,定量的な古環境や古気候変動を復元する研究はなされていない.本研究では,2016年夏季からユタ州北部のUinta Basin西部に位置するIndian Canyonセクションにおいてグリーンリバー層の野外地質調査を行ってきた.本研究では野外調査時の岩相解析に基づく湖水位変動(Depth Ranks)の推定と,採取した岩石試料の無機元素組成分析の結果とを組み合わせることによって,古環境指標となる元素を検討した.特に,グリーンリバー層中に介在するチャート層(Bradley and Eugster, 1969)に着目し,その成因と,古環境指標になり得るかを検討した.

堆積相から推定する湖水位変動(Depth Ranks)と,層厚約250 m間を約1 m間隔で連続的に採取した岩石試料の無機元素組成分析によって,古気候指標となる元素を検討した.その結果,まずCaO/Al2O3量が岩相(Depth Ranks)と良く対応しており,湖水位変動の指標となることが明らかになった.また後背地のテクトニクス変化(供給源変化)を反映すると考えられるTiO2/Al2O3量はセクションを通じてほとんど変化せず,テクトニックな変動はほとんど影響していないことが示唆された.さらにSiO2量とAl2O3量の相関を見てみると,砕屑物起源のケイ酸塩鉱物を示す正の相関関係だけではなく,過剰なSiO2量を示す試料が多数を占めており,それらはグリーンリバー層中に介在するチャート層と対応していることが明らかになった.この過剰シリカ成分を持つチャート試料に対して,蛍光顕微鏡観察とSEM-EDS分析を組み合わせ,シリカの濃集がどこで起こっているかを検討したところ,藻類起源有機物が多量に含まれている箇所でシリカの濃集が起こっていることがわかった.

これまでの研究では,グリーンリバー層中に介在するチャートはMagadi-type chertと呼ばれ,主に無機的に形成されると考えられていた(Bradley and Eugster, 1969).Magadi-type chertは高アルカリ・高塩濃度環境下の湖(e.g., ケニアのMagadi湖)でナトリウムを伴って無機的に沈殿すると考えられていたが(e.g., Eugster, 1967; Hay, 1968),最近の研究ではその成因に藻類やバクテリア起源有機物の関与が示唆されている(e.g., Krainer and Spotl, 1998; Behr and Rohricht, 2000).本研究でも,グリーンリバー層中のチャート層の形成には,高アルカリ環境というグリーンリバー湖成層の特性と,藻類起源有機物の腐食に伴うpH低下が関与しており,過剰シリカ量の変動は堆積当時の湖生産量変動を反映している可能性が高いと解釈した.
本研究ではさらに,抽出した湖水位変動や湖生物生産量の古環境指標(Depth Ranks, CaO/Al2O3量,過剰シリカ量)がどのような要因で変動しているかを探るために周期解析を行った.その結果,Depth RanksおよびCaO/Al2O3量(湖水位変動指標)と共に,特に過剰シリカ量(湖生物生産量指標)が,地球軌道要素変動の離心率変動の約10万年および約40万年周期で変動していることが明らかになった.そこで,復元した過剰シリカ量の変動を始新世前期における日射量変動 (Laskar et al., 2004; Westerhold et al., 2012) と比較したところ,約40万年および約240万年周期で変動する日射量変動との強い相関が見られ,湖生産量変動がEECO当時の日射量変動に強く駆動されていることが示唆された.今後は露頭試料で得られた過剰シリカ量と日射量変動との関係性がUinta Basin中心部で掘削されたコア試料でも見られるかどうかの検討を行い,EECOにおける地球軌道要素変動に伴う湖表層生産量変動の解明を試みる.