日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 生物地球化学

2018年5月23日(水) 13:45 〜 15:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7ホール)

コンビーナ:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構、共同)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)

[MIS14-P10] 谷戸生態系におけるリン酸濃度の時空間変化

*福元 大地1楊 宗興1 (1.東京農工大学)

キーワード:リン酸

谷戸は,丘陵地に谷部が馬蹄形に入り込むように形成された地形であり,斜面林や湧水,細流といった多様な環境を有しているため,豊かな生態系を形成するとされている(三笠ら.2015)。谷戸生態系の豊かさという点にとっては,地下水位の高さから生じる還元的環境の重要性が注目される。酸化的環境下で放出されたリン酸は急速に粒子に吸着するか生物に吸収されるため,環境中ではほとんど検出されないが,還元的環境では鉄の還元に伴い脱着する(Einsele.1938)ことが知られているからである。そのためリン酸は生物にとって必須元素であり,直接利用可能な唯一の形態であるにも関わらず,生物の成長を律速する要因となる。湖や海洋の還元環境におけるリン酸の研究は多くされているものの(Mortimer.1942や鈴村.2003など),谷戸生態系に注目した研究はない。そこで本研究では,谷戸生態系が育むリン酸濃度の特徴を検討することを目的とする。

 本研究は東京都あきる野市に位置する横沢入にて調査を行った。横沢入は7つの谷戸から構成され,大小様々なたまり水が存在する。その直上水をシリンジで直接採水し,ポーラスカップとミズトールを利用して土壌間隙水を採取した。モリブデンブルー法を用いてリン酸濃度を,イオンクロマトグラフィーを用いて陰イオン成分の濃度を測定した。今回は2つの谷戸の測定を結果として示す。統計解析はRを用いてt検定とPearsonの積率相関係数の検定を行った。

 直上水中のリン酸濃度は,最も高い地点では135µg/Lに達し,30µg/Lを超す地点が過半数を占めていた(図1)。全国の汚濁源をもたない渓流河川水に含まれる溶存無機態リン酸濃度の中央値が6.6µg/L,平均値が9.2µg/Lであり(若松 2006),本研究の谷戸におけるリン酸濃度は著しく高い (t=8.21, p<0.001)。また,上流部から下流部にかけてリン酸濃度が減る傾向がみられた。この理由は今後詳しく調べる必要があるが,一つの可能性として,土壌表面での光合成生物による取り込みが考えられる。すなわち,谷頭部は斜面林によって鬱閉した暗い湿地であるのに対し,斜面林の影響が少なく明るい下流部では一次生産者が増加し (Hill et al. 1995),リン酸摂取量も増加したことが示唆された。また特に高いリン酸濃度を示した下野川上流部において,リン酸濃度に季節変動が見られた。これは水温との相関が高いことから(r=0.95,p-=0.012),水温低下によって生物活性が低下し,溶存酸素の消費が抑えられることで底泥表面が酸化的になったことが可能性として考えられる。以上のことから谷戸生態系を支えるリン酸供給源として還元環境が重要であると示唆された。