日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[EJ] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS07] 火星と火星圏の科学

2018年5月20日(日) 09:00 〜 10:30 201A (幕張メッセ国際会議場 2F)

コンビーナ:宮本 英昭(東京大学)、臼井 寛裕(東京工業大学地球生命研究所)、松岡 彩子(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系、共同)、Sushil K Atreya (University of Michigan Ann Arbor)、座長:松岡 彩子Sushil Atreya

09:15 〜 09:30

[PPS07-02] 放射冷却が原始火星大気の流体力学的散逸に与える影響

*吉田 辰哉1倉本 圭1 (1.北海道大学)

キーワード:原始火星大気、流体力学的散逸、放射冷却

集積期の原始火星は,月サイズ以上まで成長すると,原始太陽系星雲ガス成分の捕獲や衝突脱ガスにより大気を獲得し得る.火星は太陽から遠い位置に存在するため,揮発性物質に富んだ惑星材料物質によって形成され (Walsh et al., 2011),それに伴い火星上に厚い原始大気が形成されたと考えられる.二成分モデルを用いて火星材料物質組成を与え (Dreibus and Wanke, 1987),脱ガス成分組成がマグマ,溶融金属鉄,ガス間の化学反応によって決定されると考えると,集積最終段階では地表面気圧が 数千 barもの,H2,H2O,CO,CH4を主体とする大質量の原始大気が形成された可能性がある(Saito and Kuramoto, 2017).

火星大気が非常に厚い原始大気から出発したならば,現在の希薄な大気を説明するには原始大気の宇宙空間への散逸が必要となる.大質量の大気を散逸させる有力な機構の一つに流体力学的散逸がある.流体力学的散逸とは,大気の静水圧平衡が破れた際に起こる熱的大気散逸過程であり,初期太陽の強力な極端紫外線 (EUV) 放射によって上層大気が加熱されることで起きていたと考えられている.火星は太陽系が誕生してから数百万年以内に集積が完了した可能性が高いことから,原始火星は長い間太陽の強力な EUV 放射に曝され,原始火星大気の大部分が流体力学的散逸によって失われた可能性が考えられる.これまで流体力学的散逸による原始火星大気の散逸量の推定がなされてきており,その中でもLammer et al. (2013),Eakaev et al. (2014)は火星形成時期とEUV強度進化の新たな知見を用いて大気散逸量を求め,EUV強度が現在の強度の100倍,分子は全て光解離し大気はH, C, Oから成るという仮定のもと,100 bar相当の大気質量が10 Myr程度で散逸することを示している.原始火星大気には現在のEUV強度の100倍程度のEUVが1億年程度降り注いでいたと考えられているため,この結果は1000 bar相当の大気質量が散逸し得ることを示している.

しかしこの結果は,分子がすべて解離しているという仮定に強く依存している可能性がある.火星大気の流体力学的散逸は,それほど大きな昇温を必要としないため,実際には分子も存在すると考えられる.原始大気には赤外活性分子が大量に含まれていたと考えられ(Saito and Kuramoto, 2017),それらの分子の放射冷却によってエネルギーが失われれば,大気散逸量が大きく減少することになる.しかし,これまでの先行研究では放射冷却が流体力学的散逸に及ぼす影響については,ほとんど検討されてこなかった.

そこで,本研究では多成分大気における流体力学的散逸モデルを構築し,放射冷却が原始火星大気の流体力学的散逸に与える影響を明らかにすることを目的とする.数値モデルは球対称一次元時間発展非粘性流体方程式を解き定常流を求めるモデルであり,波長に依存したEUVならびに赤外放射の放射伝達が組み込まれている.まず,水素大気において光化学反応を考慮した計算を行い,強いEUV放射に曝された大気中の分子の存在割合について検討する.次に,水素大気に赤外活性分子としてCOを加え,放射冷却が大気散逸率,大気構造に与える影響について検討する.

水素大気の計算においてはEUV強度は現在の強度の100倍とし,光解離を含む15種の化学反応を考慮した.下部境界にはH2のみが存在するとし,大気成分にはH2に加えて化学反応によって生じるH, H+, H2+, H3+を考慮した.さらにH3+による赤外放射を考慮した.その結果,全計算領域で分子の存在量が原子やイオンの存在量を上回る分布が得られた.先行研究の想定に反し,強いEUV放射に曝された大気においても分子の存在量が大きいことから,分子の放射冷却の影響を考慮することが重要であることが明らかになった.

次に,赤外活性分子としてCOを加えた場合について考えた.水素大気の結果から,分子の振る舞いが特に重要であることが分かったため,この場合の計算では光化学反応を無視し,大気成分としてはH2とCOのみを考えた.EUV強度は現在の強度の100倍,吸収されるEUVエネルギーのうち大気の加熱に用いられるエネルギーの割合を表す加熱効率は15%とした.下部境界における CO の数密度の割合が大きくなるにつれて質量散逸率は減少していく.CO の割合が大きくなるにつれて質量散逸率が減少することで,軽い大気成分に引きずられて散逸する大気成分の分子質量の上限値を表すクロスオーバー質量も減少していく.下部境界における CO の数密度の割合が H2の数密度に対して 15%程度以上になると,クロスオーバー質量が CO の質量を下回るようになり,H2のみが流体力学的散逸をする状態になると予想される.Saito and Kuramoto (2017)で推定された,H2と他の重い大気成分の存在比がモル換算で同程度となるような大気組成の場合は,H2のみが散逸し,他の大気成分の大部分は取り残されるという結果となり,放射冷却が散逸の振る舞いに大きな影響を与えることが明らかになった.