[SCG62-P06] 下北半島の温泉の地球化学
下北半島は本州最北端に位置し,半島全体は恐山山地と総称される山頂700mほどの穏やかな形状を持つ山地であり,標高400~500mほどに定高性のある侵食小起伏面が認められる.半島の中央部には恐山,むつ燧岳等の第四紀火山が存在し,東北日本弧の火山フロントをなす.ここには下風呂,薬研,恐山等の高温泉が火山の周辺ばかりでなく,半島の東側や北西側の火山から離れた地域にも多くの温泉が点在する.本研究では下北半島に分布する9つの温泉(矢立山,湯坂,官台山,川内(和白),大間,桑畑,下風呂(大湯1号),奥薬研(赤滝1号),斗南(下道))について,温度,pH,電気伝導度,溶存イオン濃度,酸素・水素同位体および溶存ガスのヘリウム同位体等の測定を行なった.また,これらの流体地球化学データを用いて,それぞれの泉質の形成機構について検討した.下北半島の温泉の中で最も源泉の温度が高い(94.5℃)下風呂温泉は,pHが2.4と酸性であり,陰イオン組成によるとCl-SO4型に分類される.これらはSO2やHCl等を含む高温の火山性ガスによって地下水が加熱されたものと考えられる.また,この温泉の酸素・水素同位体比は,周辺の河川水に比べてδDは同程度であるものの,δ18Oが3‰程度高い値を示す.このことは高温の温泉水が周辺の岩石と反応し,酸素同位体交換を生じたことを示唆する.恐山の宇曽利山湖畔に位置する湯坂温泉およびむつ燧岳の北西斜面に分布する桑畑温泉はCl-HCO3型に分類される.これらの温泉は自然湧出しているものであり,CO2(>80 vol%)含む遊離ガスの放出が顕著である.CO2のδ13Cは-3.7~-6.8‰,3He/4He比は4.0~4.1RA(1RA=1.4×10-6)であることからSano and Marty(1995)の島弧の火山ガスに相当するが,これらが地下水に混入したことにより,温泉水の陰イオン組成としてHCO3が卓越したものと考えられる.下北半島の西側に位置する川内,奥薬研,大間の各温泉は,中性のSO4型に分類される.これらの温泉は中期から後期中新世の海成の苦鉄質火山岩類を湧出母岩としていること,温泉水のCa2+とSO42-の割合が一定であることから,母岩中の硬石膏(CaSO4)が地下水に溶解して生成した,いわゆるグリーンタフ型温泉(酒井・大木,1978)と考えられる.半島の東側に位置する矢立山,官台山,斗南の各温泉は,火山フロントの前弧域に位置し,3He/4He比は0.05~0.61RAと大気に比べて著しく低い値を示す.4He /20Ne比から推定したマントル成分の寄与率は0.2~6.6%であり,温泉の熱源はマグマや高温岩体によるものではなく,それぞれ大深度ボーリング(947~1500m)によって得られた地温で温められたものである.陰イオン組成によると矢立山はCl型,斗南はCl-SO4型,官台山はHCO3型に分類される.Sumino et al.(2011)によるBr/Cl-I/Cl(モル比)によると,それぞれの温泉水の起源は,矢立山は海水,官台山は続成流体,斗南は両者が混合したものと推定できる.また,官台山のδDおよびδ18Oは現在の地表水に比べて低いことに対して,矢立山は天水線に沿ってSMOW側に大きくシフトしており,上記で推定した温泉水の起源を支持する.