日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[EJ] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS10] 地震波伝播:理論と応用

2018年5月23日(水) 13:45 〜 15:15 A10 (東京ベイ幕張ホール)

コンビーナ:西田 究(東京大学地震研究所)、白石 和也(海洋研究開発機構)、新部 貴夫((株)地球科学総合研究所、共同)、澤崎 郁(防災科学技術研究所)、座長:武村 俊介(防災科研)、矢部 優(海洋研究開発機構)

14:15 〜 14:30

[SSS10-03] 非等方的な特徴的スケールをもつ短波長ランダム不均質構造における地震波散乱問題における変換散乱の卓越

*前田 拓人1金谷 希美1 (1.東京大学地震研究所)

はじめに
 近年,沈み込むプレート内の非等方的な特徴的スケールをもつ短波長不均質構造が地震波伝播に大きな影響をもたらすことが明らかにされつつある.しかし,このような非等方的なスケールを持つ短波長ランダム不均質媒質(以下非等方ランダム媒質)における地震波散乱の振る舞いは,もっぱら数値計算の結果の不均質構造の長軸と短軸方向のスケールを等方的に持つ媒質の波動伝播特性にもとづいて解釈されてきた.本研究では,Born近似に基づくランダム不均質構造の散乱問題を3次元非等方ランダム媒質に適用したところ,従来重要視されてこなかったP波・S波間の変換散乱が卓越する場合があることを見出した.

散乱特性の導出と非等方ランダム媒質への拡張
 弾性体の運動方程式において,密度および地震波速度の微小なゆらぎを考える.ゆらぎが充分に小さいときには,地震波の散乱波がゆらぎに入射した地震波を等価体積力にもつ弾性体の運動方程式に従うことが示される(Born近似).さらに,速度ゆらぎがその空間2次の統計モーメントで特徴づけられる場合,散乱強度の指標の一つである散乱係数は,地震波の波数の4乗,運動方程式が持つ散乱特性の非等方性を記述する散乱の基本パターン,および速度ゆらぎのパワースペクトル密度関数(PSDF)にそれぞれ比例することが知られている.PSDFの引数は入射波と散乱波の波数ベクトルの差(交換波数ベクトル)である.
 ここでは一方向だけに短い特徴的スケールをもつ非等方媒質を考え,短いスケールを持つ方向を短軸,それに直交する長いスケールをもつ2方向を長軸と定義する.これは,沈み込むプレートが厚さ方向にのみ短いスケールを持っていることに対応する.このような媒質では,同じ散乱モード・同じ散乱角であっても,交換波数ベクトルの向きとPSDFの特徴的スケールの長軸・短軸の方向との関係やスケールの違いによって散乱振幅が大きく変化する.ランダム媒質のPSDFは波数と特徴的なスケールの積が大きいほどその振幅が小さくなる特性を持っているため,交換波数ベクトルの媒質長軸方向の成分が小さくなると散乱係数が大きくなる効果がある.以下では,長軸と短軸の特徴的スケールの比をアスペクト比と定義する.

変換散乱の卓越
 指数関数型のランダム媒質を仮定し,各種散乱モードの散乱係数の角度依存性に対する理論的・数値的検討を行った.ただし,アスペクト比による散乱係数の違いを議論するため,PSDFの低波数極限が一致するように長軸と短軸のスケールを調整した.その結果,高アスペクト比において,2つの変換散乱が大きく寄与する状況が見出された.
 そのうちのひとつは,長軸方向から斜め前方に散乱するPS散乱波である.この場合,P波とS波速度の比で決まる特定の散乱角において,交換波数の長軸方向成分がゼロになる.そのため,よりスケールの小さい短軸方向の不均質構造のみに影響を受ける大振幅の散乱波が特定角度方向周辺にのみ放射されることがわかった.
 一方,ランダム不均質構造の短軸方向から約30度の角度でS波が入射する場合,特定の方向に局在した強いSP散乱波が生じることも明らかになった.この強いSP散乱波の成立は散乱の基本パターンにも依存しているため,その条件はより複雑である.数値的な評価の結果,散乱係数の振幅は不均質構造の特徴的スケールのアスペクト比の増大とともに大きくなりアスペクト比20程度で頭打ちすることや,高アスペクト比における散乱係数の最大値方向の振幅は等方ランダム媒質のそれの約20倍程度になることが明らかになった.関東地方周辺の深発地震で観測される顕著な高周波SP変換波(Kanaya et al., 2017 AGU)の一部は,ラミナ構造を持つフィリピン海プレート内部で発生したSP散乱によってもたらされていたと考えられる.