日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG43] 気候変動への適応とその社会実装

2019年5月26日(日) 15:30 〜 17:00 301A (3F)

コンビーナ:石川 洋一(海洋研究開発機構)、渡辺 真吾(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、大楽 浩司(防災科学技術研究所)、座長:石川 洋一(海洋研究開発機構)、大楽 浩司(防災科学技術研究所)

15:45 〜 16:00

[ACG43-08] 北海道における気候変動に伴う洪水リスクの変化

*星野 剛1山田 朋人1Dzung Nguyen-Le1稲津 將1佐藤 友徳1川瀬 宏明2 (1.北海道大学、2.気象研究所)

キーワード:気候変動、洪水リスク、d4PDF、適応策

本研究は気候変動を踏まえた治水対策の検討に不可欠な洪水リスクの算定を実施したものである。リスクの算定には大量アンサンブルデータを用い、過去と温暖化進行後の気候条件下での北海道内の流域における洪水リスクを定量的に評価した。

2016年8月、北海道で観測史上初めて1週間に3個の台風が上陸し、その後の台風第10号の接近と合わせて全道各地で記録的な大雨が発生した。これにより、堤防決壊等による浸水被害だけでなく道路や農地など多岐にわたる被害が全道各地にもたらされた。この洪水後に国土交通省北海道開発局および北海道が設置した委員会では「気候変動による将来の影響を科学的に予測し、具体的なリスク評価をもとに治水対策を講じるべき」と提言がなされた。この提言を受け国土交通省北海道開発局および北海道は「北海道地方における気候変動予測(水分野)技術検討委員会」を設置し、将来の洪水リスクを検討した。また、平成30年度からは国土交通省本省において「気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会」が開かれ、気候変動を踏まえた治水計画に関する検討が開始されている。このように今後の治水対策を考える上で、将来の洪水リスクをいかに評価するかが重要かつ喫緊の課題となっている。
 近年、膨大な気候シミュレーションによる大量アンサンブル気候予測データベース(d4PDF)が作成され、過去の気候や温暖化進行後の気候における数千年分の気候データが利用可能となった。洪水リスクの評価にこのデータを用いる最大の利点は気候システムの自由度がもたらす極端現象の生起確率を物理モデルを用いたモンテカルロ手法として推定可能とする点にある。我が国をはじめとする先進国ではこれまで数十年間に渡る降雨観測を継続しており、それにより自然現象の理解の進展ならびに確率降雨等を基軸とした治水計画が作られてきた。一方、降雨をもたらす気候システムの自由度は膨大な大きさを有しており、数十年間で各地域が経験しうる降雨イベントが発生したとは言い難い。大量アンサンブルデータの使用は計画規模に相当する大雨の生起確率を物理的モンテカルロ手法によって評価可能とし、数十年間の観測に基づいて設定された確率雨量の振れ幅を推定可能とする。また、洪水被害は降雨の時空間的なパターンにも依存するが、大量アンサンブルデータ内には様々な降雨の時空間分布が含まれることから、流域平均降雨量だけでなく降雨の時空間分布を踏まえた洪水リスクの評価が可能となる。このように大量アンサンブルデータの利用は洪水リスクの評価に新たな視点を加えうるものである。
 本研究ではd4PDF領域実験の過去実験(計3000年)、2℃上昇実験(計3240年)、4℃上昇実験(計5400年)における各年での年最大降雨イベントを対象とし、流域形状および地形形状をより忠実に反映した降雨量情報を作成するため、各年での水平解像度20 kmから得られた年最大降雨イベントを力学的ダウンスケーリング(DS)により水平解像度5 kmへと変換した。DSにはd4PDF領域実験の作成に使用されたモデルである気象研究所非静力学地域気候モデル(NHRCM)を用いた。また、大雨をもたらす気象場を自己組織化マップ(SOM)を用い分析した。
 d4PDF過去実験(3000年分)のDS前後と実績の年最大流域平均降雨量を比較し、DSにより年最大降雨の頻度分布や1時間強雨の頻度が実績値に近づくことを確認した。また、既往最大の降雨量以上の大雨も大量アンサンブルデータには複数含まれており、DSにより低頻度の大雨の確率的な評価に適した情報が得られることを確認した。
 従来と温暖化進行後の気候条件下で年最大降雨量を比較すると、温暖条件下での年最大降雨量は増大し、特に計画規模に相当する99%ile値の降雨量の変化率は大きいことを確認した。このような降雨量の増加は洪水リスクの増大を招き、同程度の生起確率の降雨での被害想定の結果、温暖時における被害は浸水面積、想定死者数ともに増大することが予測された。また、気候変動により降雨量の増大だけでなく降雨の時空間特性も変化し、降雨は時空間的に集中化することが確認された。このような降雨の時空間特性の変化はピーク流量の増大や被害形態の変化を招くことが予想されることから、降雨量の増大とともに時空間分布の変化を踏まえた適応策の必要性が示唆される。
これらの成果は「北海道地方における気候変動予測(水分野)技術検討委員会」および国土交通省本省において「気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会」での議論の中核をなし、本成果に基づいて今後の治水対策が議論されることとなった。これは従来の観測に基づく洪水外力の設定から観測とシミュレーションにより予測される将来の大雨に備える治水対策のパラダイムシフトとなるものである。