日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG44] 沿岸海洋生態系─2.サンゴ礁・藻場・マングローブ

2019年5月28日(火) 13:45 〜 15:15 102 (1F)

コンビーナ:梅澤 有(東京農工大学)、宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 生元素動態分野)、渡邉 敦(笹川平和財団 海洋政策研究所)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)、座長:梅澤 有(東京農工大学)、宮島 利宏(東京大学)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)、渡邉 敦(東京工業大学)

13:50 〜 14:10

[ACG44-01] 熱帯沿岸海域への溶存鉄供給システムとしてのマングローブ生態系評価

★招待講演

*中西 康博1檜谷 昂1 (1.東京農業大学)

キーワード:マングローブ、生態系、溶存鉄、ベントス、ポリフェノール

【はじめに】植物微量必須元素のひとつである鉄は海水中で不溶化しやすいことから,海水中の可給態の鉄(溶存鉄)の量は,海洋における食物連鎖源ならびに二酸化炭素吸収源となる植物プランクトンの生育・増殖を大きく左右する。そこで,海域への溶存鉄自然供給システムに関する研究が進展してきているなか,熱帯・亜熱帯の陸海境界に成立するマングローブ生態系に焦点を当て,同生態系から海洋への溶存鉄溶出メカニズムを明らかにするため,マングローブ樹種の葉中に含まれるポリフェノール含有率を他樹種と比較すると共に,葉中ポリフェノールによる林床土壌からの溶存鉄溶出量を測定した。また,同溶出メカニズムに林床ベントスを介在させたモデル,すなわち植物-動物-土壌系モデルを検討する一環として,同葉を摂食するNeosarmatium smithiアシハラガニモドキならびにTelebralia palustrisキバウミニナに着目し,それらのマングローブ葉摂食速度や排泄糞と林床土壌との反応による溶存鉄溶出量等を調べた。

【方法】N. smithi: 同種の生息する宮古島マングローブを調査地とし,1) 総リター量に対するN. smithiの落葉除去率,2) N. smithiによる葉摂食速度,3) 糞中及び巣穴内壁土壌のポリフェノール含有率,4) 根圏土壌中の溶存鉄含有率,を調査した。T. palustris: 同種の生息する西表島船浦マングローブにて,i) 葉摂食速度,ii) 生息密度を調査するとともに,iii) 生息・非生域林床の土壌中溶存鉄含有率を測定した。葉ならびに糞中キレート成分:マングローブ葉及び排泄糞中の鉄キレート成分は,液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)とガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用い測定した。

【結果・考察】N. smithi: 1) 島尻マングローブのリター量は9.89 Mgha-1yr-1と推定され,B. gymnorrhiza(オヒルギ), R. stylosa(ヤエヤマヒルギ),D. trifoliata(シイノキカズラ)のN. smithiによる落葉除去率はそれぞれ84.3,77.1,31.0 %とマングローブ樹種で高かった。2) N. smithiのマングローブ葉の比摂食速度はR. stylosa > B. gymnorrhiza > K. obovata(メヒルギ),> A. marina(ヒルギダマシ)の順で,ポリフェノール含有率が5~15%程度の植物葉に対する速度が高かった。3) N. smithiの巣穴内壁黒色部のポリフェノール含有率は0.049 ± 0.028%と,同黄色部(0.011 ± 0.006%)と畑土壌(0.012 ± 0.09%)のそれぞれ4.45,4.08倍で,また排せつ糞中含有率は0.61 ± 0.15%と黒色部の12.4倍であったことから,巣穴内壁黒色部には,ポリフェノールを含有するN. smithiの排せつ糞が付着していることが示唆された。この糞水抽出液をマングローブ林床土壌へ添加し反応させると溶存鉄の溶出量が有意に増加することが確認された。4) 同カニの生息が確認されたB. gymnorrhiza林床土壌から深さ0 〜80 cmまで10 cmごとに採土し,土壌中の溶存鉄及び,ポリフェノール含有率を測定した結果,溶存鉄ならびにフェノール成分含有率は両者ともに同カニ営巣区と推察される25〜35 cmで最も高くなった。このことから,マングローブ落葉を巣穴へ持ち去り,摂食するカニ類の生息林床では,マングローブ葉中のポリフェノールと林床土壌中の不溶態鉄との接触機会が増大している可能性が推察された。T. palustris: i) 現場での摂食速度試験の結果,R. stylosa緑葉及び黄葉の比摂食速度の平均値は0.12及び0.13 DWgh-1個体-1B. gymnorrhiza緑葉及び黄葉は,0.14及び0.12 DWgh-1個体-1であった。ii) T. palustrisの(成貝および稚貝)の生息密度は、C:R. stylosaB. gymnorrhizaの分布境界~B. gymnorrhiza群落中央で最も高く(30個体/㎡)、A:R. stylosa海側林縁~R. stylosa群落中央で最も低かった(11個体/㎡)。成貝はCで最も高く(27個体/㎡)、稚貝はAで最も高かった(16個体/㎡)。調査地区全体でみると,稚貝の生息密度は海側に行くにしたがい高く、逆に成貝の生息密度は海側に行くにしたがい低くなり、各調査プロットにおけるそれらの間には有意な負の相関関係が示された。iii) T. palustrisの生息する林床土壌中の溶存鉄及びポリフェノール含有率の平均値は,生育しない土壌と比べて有意に高く(p<0.01),同貝の介在により林床土壌における溶存鉄生成が促進されていることが示唆された。そこでN. smithiと同様,同貝の糞水抽出液をマングローブ林床土壌へ添加し反応させると,多量の溶存鉄が溶出した。また,全供試マングローブ林床土壌中の溶存鉄とポリフェノール含有率との間には有意な強い正の相関関係(R2 = 0.79, p<0.01)が示された。葉ならびに糞中キレート成分:供試マングローブ葉中からは,鉄キレート能を有する成分としてフェノール酸類,フラボノイド類,ヒドロキシカルボン酸類が検出された。同葉を給餌し得られた排泄糞中には上記と同様のポリフェノール類が含まれた。