日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-GE 地質環境・土壌環境

[A-GE30] 地球陸域表層の土壌環境の保全と修復

2019年5月28日(火) 13:45 〜 15:15 202 (2F)

コンビーナ:森 也寸志(岡山大学大学院環境生命科学研究科)、座長:森 也寸志(岡山大学)

14:05 〜 14:25

[AGE30-02] 水田からのメタン排出とその気候変動応答

★招待講演

*常田 岳志1 (1.国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境変動研究センター)

キーワード:水田、メタン、地球温暖化、大気CO2濃度増加実験

メタン(CH4)は二酸化炭素につぐ温室効果ガスであり、対流圏オゾンの生成など間接的な効果を含めると、その放射強制力は二酸化炭素(CO2)の約58%にも及ぶ。またCH4は大気中の滞留時間が10年以下と短く排出削減によって大気中濃度が速やかに低下するため、温度上昇を+1.5℃ないし+2.0℃以内に抑える上では、CO2の排出抑制よりもはるかに効果が大きい。人為的なメタン排出源として農業分野は38%を占めており、中でも水田の寄与は大きい。ところがそのCH4排出が、大気中CO2濃度の増加や温度の上昇によってさらに増加することが懸念されている。

発表者らは、囲いのない田んぼにCO2を制御的に付加し、大気CO2濃度の増加を模擬するFree-Air CO2 Enrichment (FACE)と呼ばれる実験、および電熱線ヒーターによって田面水・土壌を加温する温暖化実験を実施し、水田からのCH4排出の高CO2・温暖化応答に関する知見を得てきた。岩手県で行われた雫石FACE実験では、+200ppmのCO2増加と+2℃の加温によって、メタン排出量は80%も増加した。これはCO2増加とそれに伴う温暖化が、メタン排出増加を通して更なる温暖化を引き起こす「正のフィードバック」が強く働くことを示している。

大気CO2の上昇がCH4排出を増加させるのは、CO2施肥効果によってイネの光合成が増え、CH4の有機物源となる根からの滲出物や根自体の分解が増えたことが主要因であった。一方、温度上昇は、土壌の酸化容量を超える有機物分解が加温により大幅に増えたことと、加温がCH4の基質となるイネ根の老化・分解を促進すること、が重要なメカニズムであった。前者に関しては、土壌有機物・残渣の分解が主要な有機物源である生育前半に働くメカニズムであり、+2℃の加温による有機物の分解量の増加が15%程度であるにもかかわらず、土壌の酸化容量の大半を占める酸化鉄の還元量が加温によって増加しなかったことから、差し引きとして求まるCH4生成量を40%以上も増大させていた。

なおFACE実験で暴露に用いるCO2は大気中のCO2より小さい13C/12C比(13Cが少ない)を持つため、FACE区と外気区のイネは異なる炭素同位体比を持つ。この性質を利用しFACEを「炭素安定同位体のトレーサー実験」と見なすことにより、加温処理によって光合成産物を基質とするCH4生成が増加したことが確認され、イネ根の分解促進がCH4排出の大幅な増加の要因であることが突き止められた。

発表者らの結果だけでなく、既存の報告の多くは高CO2によってCH4排出が増える可能性を指摘しているが、その程度には大きなバラツキがある。このバラツキの要因をさらに解明することで、コメ生産面におけるCO2施肥効果を最大化しつつCH4排出の増加を抑えるようなイネの形質や栽培管理法に関する知見が得られると期待される。また温暖化による影響は高CO2と異なり、コメ収量にマイナスに作用する可能性が指摘されている。さらに高温不稔によって穂に転流されるはずだった炭素が地下部に回り、CH4排出が増加する可能性も報告されている。したがって、高温による減収リスクを抑えるなどの温暖化に対する適応策の確立も、収量当たりのCH4排出を減らす上でも極めて重要である。