16:00 〜 16:15
[AOS16-03] pCO2データベースに基づく沖縄本島周辺の海洋酸性化現状把握と将来予測
キーワード:海洋酸性化、サンゴ礁、SOCATデータベース、将来予測
【緒言】
海洋酸性化は大気中へ排出された人為起源CO2が海水に溶け込むことで起こり、気候変動と並ぶもうひとつのCO2問題とされている。海水にCO2が溶けるとpHが低下し、化学平衡の移動によって炭酸イオン濃度が低下する。海洋生物の中には炭酸カルシウムを殻や骨格などの硬組織の主成分とするものがいる。炭酸イオンは炭酸カルシウムの原料であるため、これらの生物の成長は海洋酸性化によって阻害されることが懸念される。
熱帯域でサンゴ礁を形成する造礁サンゴは炭酸カルシウムの一種であるアラゴナイトを主成分とした骨格を持つため海洋酸性化に対して脆弱であると考えられている。サンゴ礁は多くの生物にとって産卵・養育・生息の重要な拠点であり、貧栄養の熱帯域における生物多様性を支えている。従って海洋酸性化が及ぼす影響はサンゴ礁のみに留まらず、熱帯域の生態系全般に及ぶ可能性がある。
沖縄周辺には多くのサンゴ礁が存在し、多くの恩恵を当地にもたらしている。その景観は重要な観光資源である上に、サンゴ礁の生物多様性は漁業を支えており、経済への貢献は計り知れない。地理的に見ると沖縄周辺のサンゴ礁は高緯度域に位置しており、冬季の水温低下が大きい。
本研究では海洋表層の二酸化炭素分圧(pCO2)のデータベースを使い、1980年代から現在に至るまでの沖縄周辺における海洋酸性化の進行を評価する。また、その結果をもとに将来の大気中二酸化炭素濃度変動に対する酸性化を予測する。CO2排出シナリオを用いた日本全体から全球規模での海洋酸性化予測やサンゴ礁への影響評価は既に行われているが、本研究では沖縄周辺で測定されたpCO2のデータベース利用することによって当該海域のpCO2の季節変動をより正確に再現し、より精度の高い将来予測を目指す。
【手法】
Surface Ocean CO2 Atlas (SOCAT)データベースから、沖縄周辺(北緯24-30度、東経123-130度)の水温(SST)、塩分(SSS)、pCO2データを抽出した。また、塩分と全アルカリ度(TA)の関係式を作成するために、気象庁が2010-2017年に同海域で行った海洋観測の結果を利用した。この関係式を使用してSOCATの塩分データからTAを推定し、pCO2や水温と組み合わせてCO2SYSプログラムでアラゴナイト飽和度(ΩA)、pH、全炭酸濃度を計算した。
【結果】
SOCATデータベースから抽出した1982-2016年のpCO2は長期的な増加傾向を示した(図a)。また、pCO2は水温と強く連動しており、冬季に低く夏季に高い亜熱帯域に特徴的な傾向を示した。pCO2の変動を年々・季節変動と長期変動に分けるため、Ishii et al. [2011]の方法を使用したところ長期変動成分は+1.49±0.26 μatm(平均と95%信頼区間)であり、同期間のハワイ・マウナロアにおけるCO2濃度から求めた大気中pCO2の増加速度+1.73±0.04 μatm/年と近くなった。
TAは基本的に塩分と比例関係にあったが、東シナ海の陸棚に近い海域ではこの関係式からずれるものがあった。これは長江の河川水起源のTAの影響とみられる。TAの推定には TA = 2297.1 / 35 * SSSの式を採用したが、6-9月・北緯26度以北・SSS < 34.2の海水にのみ河川水の影響を考慮したTA = 1347 + 897.6 / 34.2 * SSSの式を用いた。
TAとpCO2から計算したΩAについて、pCO2と同様の方法で長期変化傾向を求めたところ、-0.0102±0.0018/年の低下傾向を示した。サンゴ礁の生息域は季節的にΩAが3.0を下回らない海域と一致するという報告結果[Kleypas et al., 1999]があるが、現状では沖縄本島付近(冬季のSST>21℃)のΩAは一年を通じて3.0以上に保たれていた(図b)。
【将来予測】
現在の大気海洋間の二酸化炭素分圧差(大気-海洋; ΔpCO2)が将来にわたり長期的に変化しないと仮定すると、大気中pCO2予測に沿った海洋のpCO2やΩAの変動を推定できる。SOCATデータベースから過去のΔpCO2を平均して月別のΔpCO2気候値を作成した。2100年までの大気pCO2は代表濃度経路シナリオ(RCP)に対応する濃度[Meinshausen et al., 2011]から計算した。SST・SSSは北西太平洋海洋長期再解析データセット(FORA-WNP30)の1982-2014年の月別気候値を用いた。
RCP2.6シナリオでは予測期間を通じΩAは3.0以上を保っていた。しかし、RCP8.5シナリオでは2030年頃に沖縄本島北部沿岸で季節的にΩAが3.0未満になり、2060年頃に年間を通じてΩAが3.0未満になるという結果が得られた(図c)。現状のCO2濃度増加が続いた場合、沖縄周辺のサンゴ礁は近い将来酸性化による深刻な影響を受けるが、排出削減次第ではサンゴ礁にとって適した環境を保つことができる可能性がある。
【図キャプション】
(a) SOCATデータベースによる沖縄周辺の海面pCO2時系列、点は個別のpCO2データで色は水温を示す。黒線は水温・塩分の変動を除去した長期変化成分のみの回帰直線。
(b) SOCATデータベースを使って計算した沖縄周辺の海面アラゴナイト飽和度(ΩA)、色は水温を示す。黒線は水温・塩分の変動を除去した長期変化成分のみの回帰直線。
(c) RCP2.6シナリオとRCP8.5シナリオに基づいた沖縄本島北部沿岸(北緯26.8度、東経128.1度)におけるΩAの予測値(2015-2100年)。
海洋酸性化は大気中へ排出された人為起源CO2が海水に溶け込むことで起こり、気候変動と並ぶもうひとつのCO2問題とされている。海水にCO2が溶けるとpHが低下し、化学平衡の移動によって炭酸イオン濃度が低下する。海洋生物の中には炭酸カルシウムを殻や骨格などの硬組織の主成分とするものがいる。炭酸イオンは炭酸カルシウムの原料であるため、これらの生物の成長は海洋酸性化によって阻害されることが懸念される。
熱帯域でサンゴ礁を形成する造礁サンゴは炭酸カルシウムの一種であるアラゴナイトを主成分とした骨格を持つため海洋酸性化に対して脆弱であると考えられている。サンゴ礁は多くの生物にとって産卵・養育・生息の重要な拠点であり、貧栄養の熱帯域における生物多様性を支えている。従って海洋酸性化が及ぼす影響はサンゴ礁のみに留まらず、熱帯域の生態系全般に及ぶ可能性がある。
沖縄周辺には多くのサンゴ礁が存在し、多くの恩恵を当地にもたらしている。その景観は重要な観光資源である上に、サンゴ礁の生物多様性は漁業を支えており、経済への貢献は計り知れない。地理的に見ると沖縄周辺のサンゴ礁は高緯度域に位置しており、冬季の水温低下が大きい。
本研究では海洋表層の二酸化炭素分圧(pCO2)のデータベースを使い、1980年代から現在に至るまでの沖縄周辺における海洋酸性化の進行を評価する。また、その結果をもとに将来の大気中二酸化炭素濃度変動に対する酸性化を予測する。CO2排出シナリオを用いた日本全体から全球規模での海洋酸性化予測やサンゴ礁への影響評価は既に行われているが、本研究では沖縄周辺で測定されたpCO2のデータベース利用することによって当該海域のpCO2の季節変動をより正確に再現し、より精度の高い将来予測を目指す。
【手法】
Surface Ocean CO2 Atlas (SOCAT)データベースから、沖縄周辺(北緯24-30度、東経123-130度)の水温(SST)、塩分(SSS)、pCO2データを抽出した。また、塩分と全アルカリ度(TA)の関係式を作成するために、気象庁が2010-2017年に同海域で行った海洋観測の結果を利用した。この関係式を使用してSOCATの塩分データからTAを推定し、pCO2や水温と組み合わせてCO2SYSプログラムでアラゴナイト飽和度(ΩA)、pH、全炭酸濃度を計算した。
【結果】
SOCATデータベースから抽出した1982-2016年のpCO2は長期的な増加傾向を示した(図a)。また、pCO2は水温と強く連動しており、冬季に低く夏季に高い亜熱帯域に特徴的な傾向を示した。pCO2の変動を年々・季節変動と長期変動に分けるため、Ishii et al. [2011]の方法を使用したところ長期変動成分は+1.49±0.26 μatm(平均と95%信頼区間)であり、同期間のハワイ・マウナロアにおけるCO2濃度から求めた大気中pCO2の増加速度+1.73±0.04 μatm/年と近くなった。
TAは基本的に塩分と比例関係にあったが、東シナ海の陸棚に近い海域ではこの関係式からずれるものがあった。これは長江の河川水起源のTAの影響とみられる。TAの推定には TA = 2297.1 / 35 * SSSの式を採用したが、6-9月・北緯26度以北・SSS < 34.2の海水にのみ河川水の影響を考慮したTA = 1347 + 897.6 / 34.2 * SSSの式を用いた。
TAとpCO2から計算したΩAについて、pCO2と同様の方法で長期変化傾向を求めたところ、-0.0102±0.0018/年の低下傾向を示した。サンゴ礁の生息域は季節的にΩAが3.0を下回らない海域と一致するという報告結果[Kleypas et al., 1999]があるが、現状では沖縄本島付近(冬季のSST>21℃)のΩAは一年を通じて3.0以上に保たれていた(図b)。
【将来予測】
現在の大気海洋間の二酸化炭素分圧差(大気-海洋; ΔpCO2)が将来にわたり長期的に変化しないと仮定すると、大気中pCO2予測に沿った海洋のpCO2やΩAの変動を推定できる。SOCATデータベースから過去のΔpCO2を平均して月別のΔpCO2気候値を作成した。2100年までの大気pCO2は代表濃度経路シナリオ(RCP)に対応する濃度[Meinshausen et al., 2011]から計算した。SST・SSSは北西太平洋海洋長期再解析データセット(FORA-WNP30)の1982-2014年の月別気候値を用いた。
RCP2.6シナリオでは予測期間を通じΩAは3.0以上を保っていた。しかし、RCP8.5シナリオでは2030年頃に沖縄本島北部沿岸で季節的にΩAが3.0未満になり、2060年頃に年間を通じてΩAが3.0未満になるという結果が得られた(図c)。現状のCO2濃度増加が続いた場合、沖縄周辺のサンゴ礁は近い将来酸性化による深刻な影響を受けるが、排出削減次第ではサンゴ礁にとって適した環境を保つことができる可能性がある。
【図キャプション】
(a) SOCATデータベースによる沖縄周辺の海面pCO2時系列、点は個別のpCO2データで色は水温を示す。黒線は水温・塩分の変動を除去した長期変化成分のみの回帰直線。
(b) SOCATデータベースを使って計算した沖縄周辺の海面アラゴナイト飽和度(ΩA)、色は水温を示す。黒線は水温・塩分の変動を除去した長期変化成分のみの回帰直線。
(c) RCP2.6シナリオとRCP8.5シナリオに基づいた沖縄本島北部沿岸(北緯26.8度、東経128.1度)におけるΩAの予測値(2015-2100年)。