日本地球惑星科学連合2019年大会

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[J] 口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-CG 地球生命科学複合領域・一般

[B-CG08] 顕生代生物多様性の変遷:絶滅と多様化

2019年5月28日(火) 13:45 〜 15:15 105 (1F)

コンビーナ:磯崎 行雄(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系)、澤木 佑介(東京大学大学院総合文化研究科)、座長:藤崎 渉(国立研究開発法人海洋研究開発機構)

13:45 〜 14:00

[BCG08-05] 地質学的時間スケールでみる生物多様性の変遷:拡散個体群と局所集団のスモールワールド性から考える種分化のメカニズム

*今岡 宏太1山崎 和仁1 (1.神戸大学大学院)

キーワード:種分化、生物多様性、生物拡散、Dobzhansky-Muller model、スモールワールド

1. 研究の背景と目的
 地質学的時間スケールで生じる生物の多様性のひとつとして種分化があげられる(Gould 1989, 河田2000)。したがって、そのメカニズムを解明することは,過去から現在に至るまでの生物進化の流れを知るうえで非常に重要な古生物学的研究テーマといえる。このメカニズムの基本のひとつとして生殖隔離があり、地理的障壁により集団が分断され、分集団内で変異が蓄積し、その後の二次的接触の際には雑種不適合が生じて、生殖隔離に至る異所的種分化(Hubbell, 2001)や、遺伝子流動のある集団内で、餌や生息地の違いといった自然選択から選択交配がなされ、集団が分化していく同所的種分化(Gavrilets, 2003)などが提唱されてきた。しかし、近年では地理的隔離や自然選択を考えない生態学的に中立な種分化がシミュレーションによって研究され(Suzuki and Chiba, 2016)、種個体数分布や面積種数関係など自然界で実際に見ることができるパターンを再現している(Aguiar et al., 2009)。この中立な種分化において生殖隔離を引き起こす要因となっているのが、個体の交配範囲を表す空間的距離と交配相手との遺伝子の違いを表す遺伝的距離の2つの交配条件である(Aguiar et al., 2009)。この2つの条件が厳しいほどに集団は選択交配を行い、生殖隔離が成立する(Kawata, 2002)。このような種分化を'topopatric speciation'と呼ぶ。
 ところで、地質学的時間スケールを考えた場合、生物の拡散現象による効果も、生物多様性に影響を与える大きな要因のひとつと考えられる(Yamasaki et al., 1999)。しかしながら、topopatric speciationを考えた多くのシミュレーションでは静止個体群を考えており、個体群の拡散能力が種分化や生態系に及ぼす影響を解析した例は少ない。よって、本研究ではそこに着目し、個体が常に移動することで、個体群の分布が変化する拡散個体群を考えた。この中立な拡散個体群についても種分化を促す要因を解明することで、拡散個体群を含めた生物全体の種分化のメカニズムや、過去に生物がどのように多様性を増加させたかを解明することにつながると思われる。さらに、本研究では各種の空間的な構造をネットワーク理論に基づいて考察し、シミュレーションの過程で拡散個体群が示す分布の違いを定量的に示す。このことにより、種分化が起きるときに集団が空間中でとる構造を定量化し、それが生物多様性にどのような影響を与えるのかを示すことができる。
2. 研究手法
 仮想的生物として優劣の無い対立遺伝子を持つ2倍体の個体を考える。遺伝的変異は突然変異のみで自然淘汰を考えない中立で確率的なモデルを作成し、多主体系(多体系かつ各個体が意思を持って行動する系)のシミュレーションを行った。生殖隔離の遺伝的機構としては2つ以上の遺伝子座に着目したDobzhansky-Muller modelを用い、種の定義は輪状種の概念を用いた(Irwin et al., 2001, 2005)。シミュレーションでは各拡散能力における空間中の種数だけを考えるのではなく、種個体数分布の観点から見た種多様性や、ヘテロ接合度による遺伝的多様性も考え、生物多様性全体を定量化した。また、ネットワーク理論を用いて各種の個体をノードとし、交配可能な個体間の関係をリンクとみなすことで平均頂点間距離と平均クラスター係数を求めた。
3. 結果と考察
 シミュレーションの結果、拡散能力の違いにより種数は変化し、それに伴い種多様性、遺伝的多様性も変化していた。よって、拡散能力の違いが生物多様性に影響を与えていることがわかる。さらに、実際に自然界で成立していることが知られている種個体数分布則や面積種数関係が本研究のシミュレーションの結果でも成立していることがわかった。また、種数が最大となったのは本研究で用いた拡散能力のパラメータが最小の時であり、各種の平均頂点間距離は小さく、逆に、平均クラスター係数は大きかった。したがって、この時、集団はネットワークの分野で言われるスモールワールドの特徴を持つことがわかる。スモールワールドには情報の伝達速度が速く、ノード間のつながりも強いという性質があり、ここでは、集団内での遺伝情報のやり取り速度が速く、多くの個体と関係を持つことができることを意味する。よって、このようなスモールワールドの特徴を持った局所的な集団ができることで、その中で変異が蓄積され、生殖隔離が促進されたことが示唆される。これらのことから、拡散個体群においても種分化が起きるときには集団の局所化が必要であり、それが地理的隔離や自然選択に依らずとも、生態学的に中立なモデルにおける空間的な条件と遺伝的な条件による選択交配によって引き起こされることがわかる。