日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS17] 歴史学×地球惑星科学

2019年5月27日(月) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 8ホール)

コンビーナ:加納 靖之(東京大学地震研究所)、芳村 圭(東京大学生産技術研究所)、磯部 洋明(京都市立芸術大学美術学部)、岩橋 清美(国文学研究資料館)

[MIS17-P07] 近世日本における気候変動と領主支配

*鎌谷 かおる1佐野 雅規2中塚 武3 (1.立命館大学、2.早稲田大学、3.総合地球環境学研究所)

キーワード:気候変動、年貢、領主支配

近年、樹木年輪の酸素同位体比により復元された高精度な降水量データをもちいて、日本の過去の社会システムの変容を丁寧に解明しようとする研究が進められている。気候変動が何らかの社会システムの変容を導くには、さまざまな要素が介在しているはずである。古気候復元データと歴史資料を合わせて分析することで、気候と社会の間の因果関係を提示することは可能であり、本研究の狙いもそこにある。

本研究では、日本の長い歴史の中でも、近世期(17世紀〜19世紀中頃)に焦点をあて、降水量の変動が領主支配のあり方にどのような影響を与えたのかを検討した。とくに今回は、気候変動による農業生産力の増減や災害被害の実態が、いかに理解・把握されて、領主支配の核となる租税体系が構成されていたのかを二つの地域を対象として分析した。

近世社会における納税は、行政村単位でおこなわれ、領主から毎年送付される免定(年貢の請求書類)にその内訳の詳細が記されている。免定には様々な数値が記されているが、とくに残高(のこりだか)は実質の各年の賦課可能な石高を示しており、それはつまり毎年の実質農業生産力の目安となる数値である。我々はこれに注目し、近江国(現滋賀県)の琵琶湖岸村々の残高と気候変動の経年変化を比較することで、洪水の多い湖岸地域の村の残高は、降水量に応じて変化していることを明らかにした。この研究では、①洪水がちな地域にとって、降水量の多さが農業生産力の減少にかなり影響があったこと、②税金を取る側の領主が、気候変動による生産力の増減を敏感に察知し、賦課可能な石高を調査していたことがわかった。

 では、①近世日本の洪水がちな他の地域でも同様のことが言えるのだろうか。②いずれの近世領主も同様に気候変動への関心を持ち、租税体系に反映させているのであろうか。本研究では、この二つの点を解明するために、前述の琵琶湖湖岸の3ケ村々と、木曽川下流域に位置する尾張国海部郡川北村(現愛知県愛西市八開)を比較検討した。

 検討の結果、琵琶湖岸村々では、残高が米の収量を反映していたのに対して、川北村では、残高と税率の積が米の収量に対応していることがわかった。つまり、琵琶湖岸村々の租税は、賦課可能の石高を領主側が計算する段階で気候変動による生産力の増減等の情報が加味し操作していたのに対して、川北村の租税は残高と税率に連動性はなく、両者の積が作況を示すように操作し、租税額が決定されていたのである。
 以上のことから、農作物収量に水害の影響がある同様条件の村々においても、領主の違いによって気候変動への理解やそれに合わせた租税体系が異なることがわかった。近世日本の領主支配構造に、気候変動がどのような形で影響を与えていたかを解明することは、すなわち近世日本の気候と社会の因果関係を知る重要な手がかりとなる。本研究は、その一助となる事例である。