日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS20] 山の科学

2019年5月27日(月) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 8ホール)

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学理学部)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部理学科)

[MIS20-P14] 大雪山国立公園においてどのような高山植物が訪問者を引き付けるのか

*雨谷 教弘1豆野 皓太1,2小熊 宏之1久保 雄広1 (1.国立環境研究所、2.北海道大学)

キーワード:高山、人と植物の相互作用、選好、植物の形質、気候変動、保全

北海道の大雪山国立公園は年間約500万人の利用がある観光地で、その見どころの一つに広大なお花畑がある。高山植物は亜種・変種を含む365種(うち、日本固有種を27種含む)が生育するが、気候変動の影響により、過去数十年間でチシマザサ・ハイマツの顕著な増加や植物種・群落組成の変化が生じていることが報告されている。このような背景から、高山帯の多様性保全の為、保護区の選定・各植物種と植物群落ごとの脆弱性評価・その評価を踏まえた保護区における適応策の施行は急務の課題となっている。また、このような高山植物の衰退は観光業など地域経済に対しても打撃を与えうるため、生態学的知見のみならず、国立公園の訪問者や地域住民の選好を加味した適応策が求められる。そこで、本研究は高山植物の持つ観光資源としての価値を、保全のための一つの指標として組み込むための基盤情報として収集することを目的に、高山植物種に対する国立公園の訪問者の選好を明らかにした。

大雪山系の森林限界は標高約1400-1700mであるが、大雪山系最高峰の旭岳には山麓から標高1600mに位置する姿見駅まで手軽にアクセスできるロープウェイがあり、高山植物を手軽に観察できる観光地となっている。本研究では、姿見駅を訪問した全ての訪問者を対象として、興味を引いている植物種を明らかにするためのアンケート調査を実施した。調査票は、2018年8月の6日間で1201部配布し、後日郵送にて451部回収した。調査票には、植物の写真(20種)を掲載し、見たいと思う植物全てに〇をつけてもらったほか、大雪山国立公園への訪問経験(リピーターか否か)、性別、年齢、在住場所(道内外)についての設問を設置した。写真を掲載した植物種は、生育環境や生活形、花の色のばらつきを考慮し、代表的な高山植物18種(エゾコザクラ、エゾノハクサンイチゲ、チシマギキョウ、ワタスゲ、ホソバノウルップソウ、イワイチョウ、キバナシオガマ、エゾツツジ、チシマノキンバイソウ、チングルマ、コマクサ、イワブクロ、コエゾツガザクラ、ナガバノモウセンゴケ、エゾイワツメクサ、クモマユキノシタ、ミネハリイ、リシリリンドウ)と拡大が明らかとなっているハイマツ・チシマザサである。

分析の結果、本研究で扱った植物20種の選好順序は、最も高い方からチングルマ、リシリリンドウ、エゾコザクラとなり、最も低い方からミネハリイ、チシマザサ、ハイマツとなった。また、大雪山国立公園への訪問回数や個人属性の選好に対する影響に関して、リピーターは初めての訪問者よりもチングルマ・コマクサをより好む傾向があった。また、男性よりも女性の方が、若年層より高年層の方が、植物全体に対する選好が高い傾向が得られた。

次に、本研究で扱った植物20種の写真から、訪問者が興味を持つ高山植物の特徴を一般化するために、植物を花の形質(写真で花がついている15種)と全体の形質(20種)特徴に着目し、一般化線形モデル(GLM)の二項分布により解析を行った。その結果、花の形質においては、花序は扁平で、花数は少なく、色はピンク>紫>白≧黄色の植物において選好が高くなることがわかった。また、全体の形質においては、葉は光沢をもち、葉のサイズは小さく、植物高は低く、鋸歯が大きい植物が、訪問者からより好まれる傾向が得られた。
以上の結果から、訪問者は、高山植物の中でも特にチングルマを高く評価しており、チングルマは特に重要な観光資源であることが伺える。チングルマは東日本の高山帯に広く生育しており大雪山系の固有種ではないが、本研究の結果より登山道沿いに大群落を形成するチングルマは、大雪山系のお花畑のイメージを代表しているといえる。さらに、チシマザサやハイマツが低評価であったことを踏まえると、リピーターの確保など国立公園における持続的な観光を考える上で、チシマザサとハイマツの拡大の影響を抑え、チングルマをはじめとする広域のお花畑の面積を維持することの必要性が示唆された。また、訪問者に好まれうる高山植物の特徴と、GLMによる形質の選好値から順位付けの結果より、背丈が低く・花数が少ないなどの特徴を選好していたことから、矮小な高山が訪問者の興味を引いていることが示唆された。一方で、このような観光資源として重要と考えられる種は、必ずしも希少で優先的な保全が必要な種とは一致していないこともわかった。このことから、観光資源と生物多様性のバランスを考えた保全が必要であることが明らかとなった。