日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS08] 月の科学と探査

2019年5月30日(木) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 8ホール)

コンビーナ:長岡 央(宇宙航空研究開発機構)、鹿山 雅裕(東北大学大学院理学研究科地学専攻)、西野 真木(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所)、諸田 智克(名古屋大学大学院環境学研究科)

[PPS08-P02] 衝突盆地のリング構造を用いた月初期のマグマ活動の痕跡調査

*池田 あやめ1諸田 智克2長岡 央3 (1.名古屋大学理学部地球惑星科学科、2.名古屋大学大学院環境学研究科、3.宇宙航空研究開発機構)

キーワード:月、クリシウム盆地、海の玄武岩

アポロ計画で持ち帰られた月の玄武岩試料の年代分析から, 月のマグマ活動は39–30億年前に活発であったと考えられている[e.g., Nyquist and Shih, 1992]. 一方で, 月隕石に含まれる角礫化した玄武岩片の年代が43億年前と見積もられ [Terada et al., 2007], このことは39億年前以前もマグマ活動があったことを示している. また, 米探査機GRAILによって得られた精密な重力異常データから, 地殻に貫入したマグマが原因と考えられる線状の高重力異常が全球的に発見され [Andrews-Hanna et al., 2013], それらの形成年代は盆地形成と同時期かそれよりも前と見積もられることからも [Sawada et al., 2016], 太古にマグマ活動があったことは確実視されている. しかしながら, 盆地形成以前のマグマの大部分は表面に噴出していないと考えられるため, 古い時代のマグマ活動の規模や時間変化は未解明である. そこで本研究では古い時代の海のマグマ活動の規模を知るために盆地形成以前の玄武岩を月表面で探索するとともにその量の推定を行うことを目的とする.

本研究では月表面の衝突盆地 (直径300 km以上の衝突クレータ) のリング地形に着目した. 衝突盆地のリング地形は盆地形成時に掘削された地殻物質が堆積した地形である. よって, 盆地形成時までに地殻に貫入したマグマの記録をよく保持していると期待される. 本研究では地殻をすべて掘削したと考えられているCrisium盆地のリングを研究対象とする.

月周回衛星「かぐや」搭載の地形カメラとマルチバンドイメージャによって得られた地形データと分光画像データを使用し, 複数の指標を用いた多段階の玄武岩探索を行う. 一般に月の玄武岩は15 wt%以上のFeO量を持ち, 高Ca輝石を主要成分とするため, 950 nmから長波長側に広がった吸収スペクトルを示す. この特徴を利用して, まず宇宙風化度指標OMATによる新鮮領域の抽出を行い, さらに高FeO量領域を抽出した上で, 950 nmでの吸収深さに対する1050 nm, 1250 nmでの吸収深さが相対的に高い領域を玄武岩と判定した.

Crisium盆地のリング上の新鮮領域における平均FeO量は6.75 wt% であった. また, 玄武岩の占有面積はリング全域に対して1.3×10-3 %と明らかに小さいことから, Crisium形成以前に大規模なマグマ貫入が起こっていたとは考えにくい. しかしリングの複数の領域で小規模ながら玄武岩質組成を持つ領域が見つかった. 発見された領域は数百mサイズのクレータに対応しており, 周囲からの飛来物ではなく, リングの構成岩石を掘削したものと考えられる. このことはCrisium盆地形成以前にマグマ活動が起こっていたことを示す.
次に, Crisium形成以前と以後のマグマ活動度の比較を行った. 地殻形成から盆地形成までの期間と, 盆地形成から海の形成終了までの経過時間は共に約5 億年と見積もられることから, 両者のマグマ活動度は体積によって比較可能である. リング表面で観測された平均のFeO量と玄武岩の占有面積から, 玄武岩の構成割合の上限は, 1.4 %と見積もられ, 貫入した玄武岩の総体積の上限は1.2×104 km3 と推定される. 一方で, 盆地形成後にMare Crisiumをつくったマグマの体積は2.0×105–7.2×105 km3 [Mulis et al., 1992; Solomon and Head, 1980] と見積もられることから, この領域での盆地形成前のマグマ活動は海が形成された時代 (40–35億年前) のマグマ活動より小規模であった可能性が示唆される.