日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 G (教育・アウトリーチ) » 教育・アウトリーチ

[G-02] 地球惑星科学のアウトリーチ

2019年5月26日(日) 10:45 〜 12:15 103 (1F)

コンビーナ:植木 岳雪(千葉科学大学危機管理学部)、小森 次郎(帝京平成大学)、長谷川 直子(お茶の水女子大学)、大木 聖子(慶應義塾大学 環境情報学部)、座長:長谷川 直子

11:15 〜 11:30

[G02-09] 写真を用いた防災教育によるリスク認知の向上

*日向 惠里名1佐々木 瞳1大木 聖子1 (1.慶應義塾大学)

1. はじめに
2011年の東日本大震災をきっかけに、防災教育の重要性が再認識されるようになった。2013年に文部科学省が刊行した『「生きる力」を育む防災教育の展開』では、子供達の主体性に訴える防災教育の重要性が強調されている。ところが、2015年に埼玉県などの教員を対象にアンケート調査を実施したところ、多くの教員が防災教育の必要性を認識しており、現状の避難訓練では不十分であるという思いを抱いているのにもかかわらず、現時点では教員自身が主体となって防災教育を実施することが難しいという実態が明らかになった(永松・大木,2015)。

2.「写真で危険探し授業」とPhotovoice
筆者らは、多忙な学校教員自らが実施可能な防災教育コンテンツの開発を進めてきた。本研究ではその中でも、小学生向けの教材である「写真で危険探し授業」を取り上げる。「写真で危険探し授業」とは、授業を受ける子供達が写っている写真を用いて、地震が起きたら何が危険になるかを対話形式で考える授業である。子供達自身が写り込んでいるため、災害の自分のこと化を容易に促すことができる。実際に、授業を契機に子供達が防災について主体的に考えるようになり、訓練や本当の地震の際の初期行動が格段に早くなった、との報告を受けている(大木,2016:108-133,Tokoro et. al. 2017)。

一方で、写真を使用して議論を深めるという点において類似しているPhotovoice法(Wang and Burris,1997:369-387)という手法が、公衆衛生学などの分野で確立されている。これは、ワークショップ参加者がそれぞれ撮影した写真についてグループで話し合い、自身や自分が所属するコミュニティの問題の発見と解決を目指す手法である。従来の「写真で危険探し授業」では、子供達は被写体となっていた。今回、Photovoice法を「写真で危険探し授業」に応用し、子供達自身が撮影者となって地域を撮影することで、子供達とその保護者の防災意識がどのように変化するかを調査した。

3. 調査手法とワークショップ当日の様子
調査を行うにあたり、山形県鶴岡市において防災ワークショップを実施した。対象としたのは、山形県鶴岡市およびその近隣自治体の小学校2~4年生の児童である。参加希望者には、事前に地域のお気に入りの場所の写真を2枚ずつ撮影してもらい、参加申し込みのメールに添付してもらった。「危険だと思う場所」ではなく、「お気に入りの場所」としたのは、本ワークショップを単なる地域の危険探しにしないためである。

当日は、参加者を4つのグループに分け、防災クイズなどの様々なコンテンツを通して楽しみながら防災について学んでもらった。ワークショップ後半には、研究室の学生が自分のお気に入りの場所と、そこで地震が起きた時に危険になるポイントについて全員に向けて解説をした。全体での解説を踏まえて、各班でもそれぞれのポイントについて話し合ってもらった。ワークショップ終了後には、事前に撮影した写真と同じ場所を改めて撮影し、その場所のお気に入りのポイントと、地震発生時に危険になるポイントのまとめを送るという宿題を課した。実際に提出された宿題の中には、元の写真には写っていない危険が写り込むように、構図を変えて撮影されていたものが複数あった。地震が起きた時に危険になるポイントをしっかりおさえられたことが伺える。

4. 追跡調査の結果と今後の展望
ワークショップを通じて生じた変化をより詳細に把握すべく、参加者数名を対象としてヒアリング調査を実施した。その結果、ほとんどの児童が危険なポイントについて再度考えただけでなく、学んだことを友達や家族にも教えていたことが分かった。防災リュックの中身を見直したり、非常時の約束事を家族で決めたという事例も見られた。このことは、実践共同体論(レイブ&ウェンガー著・佐伯訳,1993)において、1)知識の内化、2)アイデンティティの変容、3)実践共同体の拡大という学びの3要素を概ね満たしていると言える。今後の展望としては、Photovoice法を用いた「写真で危険探し授業」の課題点を明確にし、学校現場に導入しやすいよう教員と共同で教材を改良していくことが挙げられる。

5. 参照文献
1.文部科学省(2013), 『「生きる力」を育む防災教育の展開』.
2.永松冬青・大木聖子(2015), 『地域リスクを取り込んだ実効的防災教育』, Japan Geoscience Union Meeting 2015 May 24th-28th MAKUHARI MESSE.
3.大木聖子(2016), 『防災・復興における主体の回復』, KEIO SFC JOURNAL,16(1):108-133.
4.Caroline Wang and Mary Ann B (1997), Photovoice: Concept, Methodology, and Use for Participatory Needs Assessment, Health Education & Behavior, 24(3):369-387, London: SAGE Publishing.
5.ジーン・レイブ&エティエンヌ・ウェンガー著・佐伯胖訳(1993), 『状況に埋め込まれた学習-正統的周辺参加』.