日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG31] 原子力と地球惑星科学

2019年5月30日(木) 10:45 〜 12:15 101 (1F)

コンビーナ:笹尾 英嗣(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 東濃地科学センター)、幡谷 竜太(一般財団法人 電力中央研究所)、竹内 真司(日本大学文理学部地球科学科)、座長:竹内 真司

11:00 〜 11:15

[HCG31-08] 福島県阿武隈山地の森林域における放射性セシウム環境動態に関する長期モニタリング

*新里 忠史1渡辺 貴善1佐々木 祥人1三田地 勝昭2伊藤 聡美1阿部 寛信1 (1.日本原子力研究開発機構、2.エイ・ティ・エス株式会社)

キーワード:東京電力福島第一原子力発電所事故、放射性セシウム、流出入量、山地森林

はじめに

東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所事故(以下、1F事故)に由来する放射性物質のうち、137Cs(以下、Cs)は半減期が約30年と長く、今後長期にわたり分布状況をモニタリングし、その影響を注視していく必要がある。は、福島県阿武隈山地の生活圏に隣接する落葉広葉樹林(以下、コナラ林)及び常緑針葉樹林(以下、スギ林)において、2013年4月以来、森林内のCs分布と林内の移動及び林外への流出を長期観測している[1]。加えて、住民帰還が進む中で様々な森林環境におけるCs環境動態の把握が重要と考えられるため、土砂生産量が高いと見込まれる山岳地にて2013年8月より3年間[2]、生活圏に隣接する除染林地にて2016年3月より3年間[3]及び林床被覆が焼失した林野火災跡地での流出観測[4]を2017年6月より約2年間実施した。本論では、以上の観測結果を整理し、今後の課題を考察する。



観測地と手法

観測地は阿武隈山地の森林計6地点である。林内のCs移動と林外への流出を同時観測する地点として、生活圏に隣接するコナラ林とスギ林の未除染地を各1地点選定した。林外への流出観測地は、山岳地、コナラ林の除染地、林野火災跡地と非延焼地のスギ林に各1地点を設定した。林外へのCs流出観測では、傾斜約30度の森林斜面にステンレス製もしくは塩化ビニル製の板で区画した観測プロットを設置し、プロット下端部のトラップにて土壌等の流出物を全量回収した。地形が急峻な山岳地では流域単位で流出量を観測し、河川への流出点付近の治山ダムにおける埋積地形の変化から土砂流出量を算出した。Cs流出量(Bq/m2)は、観測プロットもしくは流域面積、流出物の重量とCs濃度から算出した。林内における森林上部(樹冠)から森林の地表面(林床)へのCs移動量(Bq/m2)は、林内雨量、樹幹流量及びリターフォール量を観測し、それらの採取面積と試料のCs濃度から算出した。林外へのCs流出率と林内の移動率は、観測地のCs存在量に対する流出量もしくは移動量の百分率とした。林床から土壌深部へのCs移動は、林床リターと深度20cmまでの土壌をスクレーパープレートで全量採取し、試料の採取面積、重量及びCs濃度からリター層と土壌各深度のCs存在量(Bq/m2)を算出し深度分布の経年変化を比較した。

森林内のCs分布は、林床リターと土壌層を地下部、樹木を地上部として、地下部と地上部のCs存在割合を求めた。樹木試料は、観測地に分布する全樹木の直径の頻度分布に基づき代表木を5本選定して伐倒し採取した。樹木のCs存在量(Bq/m2)は、樹木バイオマスと樹木各部のCs濃度から求めた樹木1本あたりのCs量(Bq/本)に樹木密度(本/m2)を乗ずることで算出した。



結果と考察

年間のCs流出率は、未除染のコナラ林で0.01-0.41%、スギ林で0.05-0.19%、山岳地で0.06-3.1%[2]、除染地で0.16-0.84%[3]、火災跡地では火災発生後の約半年間で2.6%、翌年は0.63%であった。樹冠から林床へのCs移動率は、未除染のコナラ林で0.23-3.09%、スギ林で0.36-1.04%の範囲であった。2015年の台風に伴い多量の土砂が堆積した山岳地を除き、いずれの森林環境においてもCs移動と流出率は最大数%であり、1F事故からの経過年数とともに低下する傾向にあることから、Csは今後とも林内に留まる傾向にあると考えられる。また、スギ林におけるCs存在量の約9割が2015年10月時点で地下部のリター層と土壌層に存在し、地下部では1F事故からの経過とともに、リター層から土壌表層にCs存在量の重心が移動していた。ただし、2016年8月には、林床のCs存在量の約70-80%が土壌表層0-5 cmに分布していた。

以上の結果は、森林内のCs分布が、栄養分の吸収を担う樹木細根の分布と類似していることを示す。林内での移動や林外への流出が限定的であることを踏まえると、今後は林床から林産物へのCs移行プロセス解明とフラックス算出が中心課題であり、チェルノブイリ原子力事故の事例からは、少なくとも1F事故後10年間を超えた長期観測が林産物の濃度予測に当たり必要と考えられる。



[1] Niizato et al., 2016, J. Environ. Radioact. 161, 11-21.

[2] 渡辺ほか, 2017, KEK proceedings, 2017-6, 122-126.

[3] 渡辺ほか, 2019, 第20回「環境放射能」研究会要旨論文集, P-23.

[4] 新里ほか, 2018, JpGU2018予稿集, HCG27-06.

[5] 梶本ほか, 2014, 森総研研究報告, vol.13, 113-136.